ママ友から「神社や寺に行くと地獄だよ」って言われ創価学会に入るようにいわれましたがこれって普通の事なんですか。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ママ友から「創価学会に入るように」と言われて素直に入会した福岡の女性の場合てか

お礼日時:5/29 8:25

その他の回答(18件)

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今まで生きてきてそんな話を聞いたことがありますか そのようなおかしなことを言う人間と付き合ったりおかしな 組織に入ればあの福岡の事件の様な悲惨な事件に巻き込まれますよ

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普通じゃありませんよ、とてもラッキーな事です。 どうぞママ友を信じてみてください一度でもいいので集会にも誘われれば 是非行ってみてください。あなたは特別です。

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創価学会が言うには普通だろうけど、普通の人から言わせれば異常です そのママ友から縁を切った方がいい、創価学会に入って他のママ友から相手にされなくなりますが

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普通のことではありません。 質問者がどういう意図でこの質問を立てているのかは理解しかねますが、確かに学会員は、折伏をするにあたり、神社や寺の信仰をしても功徳はないことは言います。しかし、「地獄」という“フレーズ”を乱用して相手を怖がらせて学会へ入会させようなどという姑息な手段は、心ある学会員ならば取りません。「日蓮大聖人に帰依しなければ地獄に堕ちる」などと人を脅し、強引な入会でしょっちゅう警察沙汰を起こしている、どこかの邪教団と学会を混同しているのではないでしょうか? 私ならば、こういう言い方をしますね(笑)。 創価学会は、日蓮大聖人の仏法を、他事を交えずに純粋に宗祖の教えのままに実践する、この世で唯一つの団体です。大聖人の仏法には、「三証(文証・理証・現証)」という三つの基準が全て揃っています。他宗教には、この三証が全て揃っていません。だから、日蓮仏法を実践する創価学会は正しいのです。 「文証」とは「文献上の証拠」のことです。教義や主張が文書・記録などによって裏付けられているかどうかということです。大聖人は、「経文に明(あきらか)ならんを用いよ文証無からんをば捨てよとなり」(聖愚問答抄上)と仰せです。 「理証」とは「理論上の証拠」のことです。その教義が道理にかなっているかということです。「仏法と申すは道理なり」(四条金吾殿御返事)と仰せのように、仏法は道理に基づくべきなのです。 「現証」とは、「現実上の証拠」のことです。教えの通りに実践した結果が、生活や社会に現れるかどうかということです。「日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず」(三三蔵祈雨事)、「一切は現証には如かず」(教行証御書)なのです。 このなかでも、特に重要なのは、「現証」(=功徳)です。宗教は、単なる気休めでもなければ、趣味や精神修養などにとどまるべきものでもありません。ましてや、現実逃避のためではない。宗教の使命は、あくまでも実践した人が、現実の生活や社会において幸福になれることです。それが可能でない宗教は、宗教の名に値しないのです。 以上、創価学会には「三証」全てが揃っています。なかんずく、他宗教ではまず現れることのない「現証」を現すことができるのです。それは、他宗教が、神・仏・教祖などといった、その存在の根拠がない架空のものを信仰するのに対し、学会は、「南無妙法蓮華経」という、我々の生命と宇宙を貫き、宇宙の万物を運行させる、現実に厳然と存在する「法」を信仰するからです。だから、それを信仰した結果、現実に「現証」も出るのです。 他宗教には「三証」、特に「現証」が存在しません。しかし、創価学会には「三証」、特に「現証」が存在する。だから、創価学会は、他宗教より正しいと主張しているのです。どの宗教が真に力ある教えなのか迷わぬように、世間の人々に確信をもって示しているのです。自讃毀他でもなければ独善でもありません。事実なのだから、どうしようもありません。 折伏をするのなら、「こういう理由だから、神社や寺の信仰をしても功徳はない」と、相手が心から納得するように理路線然と語らねばなりません。それなのに、「学会の信心をしなければ地獄に堕ちる」などという言い方で相手の不安に乗じて入会させようとするなど、霊感商法のような真似をするのは、学会精神に反することなのです。

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d48********なる者へ >宗教には正しい宗教と誤った宗教があります。 誤った宗教には害毒があり、その信仰を続けると、毒が命を蝕んで、悪影響を及ぼし必ず不幸になっていきます。 >創価学会も例外ではありません。 >学会の偽本尊に害毒があるのがわかります。 君はどこかの邪宗門の信徒のようですが、まことしやかに学会を邪教呼ばわりし、学会から人々を引き離そうとする君は、まさに「悪道に人をつかはす獄卒」(兄弟抄)です。「どさくさ紛れ」の姑息な真似はやめてはどうでしょうか。君たちのような存在こそ「害毒」に満ちているのです。 「悪人はねじけた作り話を言いひろめて、潔よい人を傷つけ、しかも誓ってそれは本当だと言うだろう」(古代ギリシャの詩人・ヘシオドス) 君のことです。