名前が、今のような、佐藤優子とか、鈴木健二みたいな感じになったのは、歴史上のいつぐらいからですか?

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ベストアンサー

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

非常に詳しく解説していただき、どうもありがとうございます。凄いですね。

お礼日時:6/16 15:24

その他の回答(5件)

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明治8年から。 名字が強制になり名前は1つに決められた。 明治5年は名字が許可になったが面倒で余り付けなっかた。8年に強制にした。

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健二は明治維新からあとだろうが子のつくおんなの名前なら古代からあるよ。

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昔は女子で子がつく名前は公家だけでした。 明治になって、上流階級だけれど公家ではない女性は本名は「きく」だけれど通称は「きく子」みたいなケースが増えていきました。 大正になると、県庁所在地ぐらいの町では戸籍名に「訓読み漢字+子」とつけるようになりました。花子とか、道子とか。 昭和にはいると都会では優子、京子といった、「音読み漢字+子」が増えていきます。 しかし、高度経済成長の終わった1975年ごろになると子のつく名前は古くさく感じられるようになり、由紀、亜希といった子のつかない名前が増えていきました。

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明治時代に全ての国民は姓と名を戸籍に登録すると決めた時です。

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今のような氏名になったのは明治維新以後です。 それ以前は、織田上総介(平朝臣信長)だったり、単に弥助だったりいろいろでした。