オペラ『蝶々さん』は、お好き? お嫌い? 忌憚なきご意見をどうぞ。

補足

回答者のおひとりに返信を書いていて、質問文に誤りがあることに(遅ればせながら)気づきました。 オペラ『蝶々さん』と書いてありましたね。これは明らかな間違いで、先に指摘してくれていた回答者さんもいらっしゃったのに、看過いたしておりました。 オペラの日本語での題名は『蝶々夫人』 イタリア語の原題は『Madama Butterfly』 英語の題は『Madame Butterfly』 主人公の愛称が「蝶々さん(Cio-Cio-san)」 ここに間違いを訂正し、お詫び申し上げます。

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ベストアンサー

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いやあ、これはすごい演出と演奏をご紹介くださいました。これで『蝶々夫人』嫌いが一掃されました。 ほんと、舞台で上演されるのを見に行くたびに下にうつむいてしまう場面が多く、どうしても馴染めなかったのです。出演者が庭と縁側・座敷とを飛び交うたびに縮こまっておりました。 これなら、筋書きも、オペラの筋書きとして特別変でもないと思います。 どうもありがとうございました。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

多くの回答者の方々からいろいろなことを教えていただきました。大変ありがたく思います。今まで好きでなかった『蝶々夫人』も、見方を調節して新たな気持ちで鑑賞できると思います。 今回は、すごい演出と演奏を紹介してくださった方に、BAを。 今のところ「走り見」しかしていないので、時間を作ってゆっくり見てみようと思います。 回答者の方々、ご回答ありがとうございました。

お礼日時:6/19 15:54

その他の回答(9件)

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昔 20代の頃、初めてのオペラが Madama Butterfly でした。ザルツブルク祝祭大劇場で観たのですが、立見鑑賞ながら感動しました。お恥ずかしい話、当時はオペラに興味関心がなく、蝶々さん役の日本人ソプラノ歌手が誰だったか、思い出せません…(泣)。好き嫌いで言えば、間違いなく好きなオペラのひとつ。。。

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日本人の間では、「蝶々夫人」の好き嫌いは、かなり分かれるようですね。 わたしも初めて見たオペラはこの「蝶々夫人」です。 (それよりも前に、子役で「カルメン」に出ることになっていたのですが、リハーサルをしただけで、出来上がりを見たわけではありません。おまけにおたふくかぜでダウンし、晴れのオペラ出演はなりませんでした!) で、「蝶々夫人」ですが、日本語で上演されたんです。多感な高校生の時です。そして、筋書きにびっくりしてしまいました。それ以来、わたしは、他の回答者様もおっしゃっていますが、アレルギーです。 「ある晴れた日に」を聞くと、聞いて感動するよりも前に、ああ、ソプラノ、無理して歌っているな、と感じます。あの役柄、大変ですよね、歌うの。

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曲の終わり近くなるまで事件らしい事件が起きず、物語として起伏に乏しいので、あまり好きではありません。

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蝶々さんの「居間」と「庭」だけですもんね、舞台は。それがいけないことではありませんが、そこから外へ向けて見る世界が語られるので、外から何かが起こらないと、次のことが起こらない、という仕組みではないか、と思われます。

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誰が歌ったかで好き嫌いは分かれる。 オペラは曲自体の出来でも、誰が指揮したかでも、 どんな演出か、でもない。歌手次第。 特にイタリアオペラは。

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どちらかと言えば嫌いです。(アレルギーみたいな反応!) 世間の評価に反してあんまりプッチーニのオペラは好きでないんですよね。声楽の作曲家としてはいいんだけど「オペラ」というジャンルにはあまりにストーリーがいい加減すぎると思うんで。。。。(歌唱だけではオペラにならない、と感じる人間なので『蝶々さん』だけでなくて Tourandot にも La Boheme にも心理描写が足りないという反応が出ます。) 『蝶々さん』はその際たるものだと感じます。(子供を置いて自害してしまうなんて日本人の母親がどこにいるんでしょう?) その上、初めから終わりまで西欧の「アジア人」のイメージで一絡げにされているのが気に食わないです。John Long の「原作」に手を加えれべ加えるほど酷くなるという印象で、ボンズなんてありえないキャラクターがいるし、蝶々さんの自害もリアルでなく、舞台演出でも東洋人の歌手に適当な着物もどきをかぶせればいいという感じで。。。。(あながち人種感覚だけからくる反応でもないと思います。G&Sのオペレッタ『帝』ならいいんですけどね〜。) せめて、シャープレスの視点がもっと前出しになっていればいいのになあ、といつも感じます。(同じプッチーニのオペラでも Tosca だけは受け入れます。「外国」の設定でない上に、低音オタクの私は Scarpia の心理も描かれているので許してしまうのかもしれません。)

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わたしもあなた様のように感じます。わたしも Tosca はいいと思います。もちろん、Bryn Terfel の Scarpia はご覧になりましたよね。 心理描写が薄いオペラはたくさんありますよね。わたしも、「蝶々夫人」はその部類だと思います。 「蝶々夫人」はいっそ現代に設定して、アメリカ人GIと日本女性の出来事にしたら? 自刃でなく、他のやり方でもいいと思います。

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好きな部類に入ります。というかプッチーニの中では現在ではこの曲しか聴いてない。ボエームもトスカも卒業。先日のネトレプコのボエームなんて録画さえしなかった。 蝶々さんは純粋に密度の濃い音楽であふれていて、出だしのオケなんてぞくぞくもの。それに続くピンカートンとシャープレスの長いやり取りも聴きごたえ十分。”ミルクポンチ、ウィスキー?”なんてもうワクワク。蝶々さん登場前なのにすでに大満足状態。 で蝶々さんは出たら出たで、もう出ずっぱり。これはもう立派なプリマドンナ・オペラでノルマと双璧。日本人ということで海外でも日本のソプラノが唯一歌わせてもらったりもしているけど、これは大変な難役で日本人のか弱い喉でどうにかなるものではない。大体にしてこれは正真正銘イタリアオペラなので日本の扱いが云々というのはちょっと的外れで、目くじら手てる方が変。あくまでイメージとしてのジャポンなので逆に演出に正規の日本を持ち込みすぎると音楽とのギャップに居心地が悪くなる。スカラ座の浅利何タラの演出なんて、日本を意識しすぎて音楽とけんかしてるようで、なんだろこの人、音楽ちゃんと聴いてるんだろうかと不思議に思っちゃったり。自分は全然平気、着物がおかしかろうが、靴を履いて走り回りながら”ある晴れた日~”と歌われても全然気にならない。正座して無表情、おちょぼ口で歌えというんだろうか? と言いつつ、一番好きなのはコンサート形式。これだとドレス、タキシードなので、完璧なイタリアオペラとしての蝶々夫人を楽しめる。あとは録音で純粋に音楽を楽しむ。カラヤンの2種(カラス、フレーニ)。バルビローリ(スコット)などの大指揮者で聴く蝶々夫人はまぎれもない大傑作と納得させられちゃう。 書いてたら興奮して聴きたくなってきた。

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ネトレプコは、ちょっとおいておいて・・・ オペラでは瀕死の人がアリアを歌って死んでいくぐらいですから、別に蝶々さんがおちょぼ口をしなくていいわけですが、わたしの思い描く蝶々さんと、作曲されている曲想とそれが必要とする声種(fach)と、が、わたしの感覚では乖離しているんですね。 そのあなたのおっしゃる > 日本人のか弱い喉でどうにかなるものではない というところ。 もちろん、わたしが登場人物を筋書きをよく理解していない、という可能性はあります。 西洋では、蝶々さんは強い人だ、と捉えられているようなんです。わたしは、弱い人だ、と感じますが。 で、回答を書かれてから、録音を聞かれましたか。聞かれたとしたら、どの録音を?