日本のお祭りが「神道」なら,日本人で他の宗教を信仰している人ってお祭りに行ったこと無いのですか?

補足

私自身は無神論者です。お祭りは好きです。

宗教 | 哲学、倫理27閲覧

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他の神を拝んではならない、というのはキリスト教やイスラム教やユダヤ教などの一神教だけです。それらの宗教では信仰のかけもちは許されない。 しかし、異教の祭りに「出会った」としても、その神を拝むのではなく「ふーん、これが異教の祭りであるか」と見物していることには何の問題もないかと。

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日本には八百万(やおよろず)の神々が居ると言われていますが、大きく分けると4種類の神に分けることができます。 ・神話の神で天皇に関係ある神社で伊勢神宮や出雲大社などがあります。 ・国家のために尽くした人を神として敬う天満宮や東照宮や靖国神社があります。 ・中国やインド由来の神で、七福神があります。 ・木々や森や湖など日本全国に自然を神として祀る神社や社が数多くあります。 この自然信仰が日本古来の信仰であり、神として敬うということはみんなで大切に守るということでした。みんなで大切に守ることによって、自分たちも自然からの恵みによって守られるという考え方なのだと思います。この考え方が他の神にも受け継がれ、全ての神を大切にすることで人間も守られるという考え方になったのではないでしょうか。どんな神でもそのまま受け入れることで、争そわずに皆が平和に暮らすための知恵だったのではないかと考えています。 キリスト教やイスラム教のような一神教の神が人間に対して絶対的な支配者であり、人間に服従を求めるのに対して日本の神は人間に服従を求めたり、命令や指示を出したりしていません。神社には死んだ人の怨念や呪い、自然の脅威を鎮めたり封じ込めるために設けられているものがあるように、神になれば人間にない力を持つようになり、人間を守り願いを叶えてくれる力を持つようになると信じている人もいるようです。日本人は仕事や趣味であっても、だれにも真似のできない技を極めた人を神と呼ぶことがありますが、日本人にとって神とは人間を超えた尊敬の対象なのだと思います。また尊敬に値する人が亡くなった後に神として祀るのも、日本人が神を尊敬の対象であると考えている証ではないでしょうか。 日本の神道には教義がありません。教義がないということは神が人間に対して何も教え導いていないと言うことです。有るのは祭りや結婚式やお祓いなどの儀式だけです。宗教には必ず教義や経典があり、人間に対して何らかの指針を示していることが必要です。教義がなく儀式だけが有るということは宗教ではなく日本の伝統文化だと考えた方が良いのではないかと思っています。宗教ではなく日本の文化であったからこそ、どんな神様も受け入れることができたのではないでしょうか。天照大神の子孫であるといわれている天皇(欽明天皇)が仏教を受け入れていますし。奈良の大仏は聖武天皇によって建立されています。したがって宗教とは関係なくお祭りを楽しめばいいのです。

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キリスト教以外は、「他に神を持ってはならない」なんて、了見の狭いことを言いません 神も仏も権現も、宗教に関係なく拝むのが日本人ですので普通に祭りに行きます

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