冒険家 登山の植村直己はすごくわがままだったといいますが本当ですか

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さあ、そういう話は聞いたことがないですね。 登山や冒険を単独でおこなうことが多かったのは、 それが自分にとって一番しっくりくる、充実感のある スタイルだったからだと思います。 小西政継に誘われて山学同志会隊の冬季グランドジョラス北壁に 参加しています(1971年)。 同年プレモンスーン期にはエベレスト南西壁の国際隊にも参加。 トップでルートを切り拓くウィランスとハストンのため、 まるでシェルパのように黙々と荷揚げをする植村直己と伊東礼造の 二人の姿はこの時代の登山家なら誰もが知る有名な逸話です。

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「すごくわがままだった」なんて聞いたことが無いですけどねえ。 というか、初めて見ました、その種のことを言う人を。 まあ、「本当ですか」とあるので、質問者さんがそう思ってるわけでもないのかもしれませんが 国際隊でもめたのを期に単独行を指向するようになった・・・てのは植村評の定番ですけど、これだって、そもそもが登山家・冒険家って人種はみ〜んな一匹狼気質だから国際隊は分裂しちゃった・・・って顛末なのであって、なんで、植村ひとりだけを相対化できないほど「集団で何かをするには向いていない人物」だの、「すごくわがままだった」って評価になるのやら、さっぱ〜りですね 植村直己って普段は大人しくて謙虚な人間。国際隊のエピソードでも植村だけは黙々と隊のサポートをやったとか、死亡したシェルパの家族への弔慰金を持っていったとかって、エピソードはなんで無視するんでしょうかねえ(苦笑 その上で、冒険家としては”アニマル”の面を持っていたということであって、そりゃあ生命を賭ける冒険家なんだから、我が無いとか、強い衝動を持って無いとか、そもそもあるわけがなく、むしろ強烈無二な自我こそが必須の資質でしょうに・・・としか

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わがままではなく個人の主張が強い 集団にはなじまないから個人で世界に行ったんでしょう エベレストはたまたま、登頂者が体調不良で順番が 回って来たラッキーだった!