新選組って天皇のことを一応敬愛していたとは史実に書いてありますが、実際どうなのでしょうか?

補足

存じ上げなくてもお分かりかと思いますが、最後の旧幕府軍というのは戊辰戦争のことです。 よろしくお願いします。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

やっぱり根幹には幕府に対しての恩義があったわけですね… 彼らの忠誠心はその時代どこよりも強かったのかも知れないと思うと胸が熱くなります ありがとうございました!!

お礼日時:7/24 11:11

その他の回答(3件)

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天皇は別物です。 別物という表現は失礼ですが、日本人なら天皇を崇拝・尊敬しない人はいませんでした。 だから天皇に弓を引く人もいなければ天皇が衰退することもなく数千年続いていますので。

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当時の武士は勤皇思想が常識です。 それを悪用したのが長州と薩摩で、 井伊直弼も徳川慶喜も佐幕派の大名たちも勤王思想にもとずいて行動したと思えます。 体制を改革していこうとする幕府と、 何が何でも討幕をやろうとした薩長連合には政権構想など持ってなかったのです。 だから明治政府は迷走しました、金が無くて税金を現金で徴収して豪農と小作を作り、 無理な増産をさせて足尾銅山鉱毒問題を起こし、 官営事業は失敗続きでした。

すごい時代ですね つまり薩長は倒幕のために天皇を祀りあげて、徳川家を敵と見なしたってことですかね? 例えば戊辰戦争で戦った新撰組とかは慶喜も天皇も尊皇してたって事でしょうか… それとも新政府軍が頭とする天皇に対して若干の憎しみはあったんでしょうか? 気になります…

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偉いひとと思ってないはずがない。 その方のおられる京都の安全を守るために派遣されたことを忘れちゃいけない。 肝心なことが理解できてないのはダメです。

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それはそうですが自警団から公式的な守護職という役柄を与えてくれたのは幕府なので、それも含めて恩を感じているのは徳川幕府に対してかと思ったのですが… 違うのでしょうか…?