社会人ですが、鴨長明『方丈記』についてお尋ねします。 長明は悟りきれないようですね。「【三六】心は濁りに染めり」と自責の念にさいなまれています。 では安易に「悟り」を得るのが高尚なのでしょうか?

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ベストアンサー

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今回も早速のご名答、有難うございます。 「心は濁りに染めり」は自責ではないですか。虚無感? 深い「ため息」? 何なんでしょうね。 イエスや孔子を例にあげるより、「天」や「神」、または「宇宙」を挙げたほうが良かったかもしれませんね。 私は『方丈記』を机上に置いて愛読しています。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

私にとって『方丈記』は、読めば読むほど味わいが深くなります。 短編ですが、『徒然草』や『枕草子』と比較されるのも、良く分かります。 私はこれからも読後感を問う質問をするかもしれませんが、また宜しくお願い致します。

お礼日時:9/16 22:10

その他の回答(2件)

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文学作品は共感が得られるものが生き残る。方丈記は理想化された高尚な人物でなく生身の人間が描かれれているから多くの人が共感した。貴兄と同じ感想を皆が持つとは思う。 だが、個人的に方丈記は好みでない。

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早速のご回答、有難うございます。 確かにおっしゃる通り、私はこの作品に強い共感を持って味わいました。 最後の「個人的に方丈記は好みでない」とは、この作品のどのような所に不満があったのでしょうか? 差支えのない範囲で教えて頂けますと、私の勉強になりますが。

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そうですね。とても人間的だと思います。 住処と幸せの関係に着眼しているのもすごいです。 「よどみに浮かぶうたかたは、 かつ消えかつ結びて、 久しくとどまりたるためしなし。」 この言葉に凝縮されてるように感じます。

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