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2021/9/20 14:07

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なぜソビエト連邦はアメリカ合衆国より先に有人宇宙飛行に成功したのでしょうか?

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それと、実際にロケット開発した、セルゲイ・パーヴロヴィチ・コロリョフの功績です 1907年1月12日 生まれ、ソビエト連邦の最初期のロケット開発指導者。第一設計局の主任設計者として世界初の大陸間弾道ミサイル (ICBM) であるR-7を開発した。R-7はペイロードを核弾頭から宇宙船に替えて宇宙開発にも使用され、1957年に世界最初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げ、1961年には世界初の有人宇宙飛行としてユーリイ・ガガーリンを宇宙に運んだ。コロリョフは、アメリカのヴェルナー・フォン・ブラウンと並ぶ米ソ宇宙開発競争の双璧を成した人物である。

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社会主義国家なので人道的な配慮はアメリカほど要求されなかったからでしょう。 多少リスクが高くても命令されりゃ宇宙飛行士は行くしか無いし、失敗すれば隠蔽される。 これは自由の国アメリカでは許される事じゃないです。 例え宇宙飛行士が志願したとしても…。 ここらは「ウラジミール・コマロフ」宇宙飛行士の事故の裏話を知ると当時のソビエトの宇宙開発の裏事情がよくわかります。 この内容も長いこと隠蔽されていたものですし。

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別にアメリカ合衆国が先に成功していたって何も不思議ではなく、技術史スケールからみればタッチの差って程度ですからねえ (これは有人月着陸でも同様で、ソ連でも計画は進められておりました) コロリョフって回答が目立ちますが、20世紀のメガテクノロジーなんてのは、お茶の水博士じゃあないんだから、一人や二人の天才科学者がいたからどうこうなるものでもなく、またコロリョフはロケットは専門ですが宇宙船全体を作ったわけではありません。 まあ、経緯としては、東西ではげしく軍拡で角逐を繰り広げる中で、ソ連はアメリカとの軍事力・生産力の矩を埋めるために、いわゆるミサイルギャップを作り出す戦術に出たわけで、国力をロケット開発に傾注させたから、とはいえますが、前述したように、どっちが先でもおかしくありません。 それにガガーリンの飛行は、厳密には「人類初の宇宙旅行」の定義から外れるものですよね? (現在は、その功績から「初」と国際社会と宇宙関連の学会で認められていますが。むろん冷戦期ならば西側は認めなかったでしょう)

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コロリョフという天才がいたからです。まあ他にも様々な要素はあったのですが、コロリョフなしにロシアの有人宇宙飛行はなかったでしょう。 ありとあらゆる面でアメリカに勝っていました。 しかしコリョロフは新型ロケット用の巨大ロケットエンジンを作らず、12基の小型エンジンを完全同期させる方式を選択し開発が行き詰りました。 コロリョフが死に、後継者不在で開発が進まぬ中、アメリカが巨大ロケットエンジンの開発に成功。 サターンロケットで人類初の月面着陸はアメリカのものとなりました。 コリョロフが基本設計をしたロケットはソユーズと呼ばれ、現在でも最先端で安全なロケットとして世界をリードしています。

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ソ連がことさらに熱心だったわけではなく、アメリカのほうに宇宙開発への気持ちが全くなかったからだと言えそうです。 フルシチョフでさえ、スプートニクの打ち上げが持つ戦略的な意味を最初はまったく理解していなかったということが明らかになってます。 ソ連が先に宇宙開発に成功したのは、ソビエト科学アカデミーにツィオルコフスキーがいたことが大きく、宇宙への飛行を真面目に夢見た科学者があとに続いたことと、第二次大戦でV2開発に関わったグルートルップのチームを丸ごと抱き込んで技術を吸収できたからです。誰も、宇宙を目指すことを馬鹿げたことと考えなかった。「科学実験の一環」という扱いですから、予算も十分に与えられました。 反対にアメリカが足踏みした理由は、せっかくゴダードという才能ある人物を持ちながら、彼の試みを有力新聞が気違い沙汰扱いしたり、軍への協力が悲惨な結果を生むことを予見してこれを拒否したことから、彼の先見性は生かされなかったことが大きいですし、終戦直後であれば軍事的にも当時のアメリカは核兵器は持っている、その運搬手段も持っている、というわけで特に宇宙を目指す必要なんかない、ということもあったはずです。 さらにその上、宇宙開発の夢をくすぶらせているのはにっくき世界の敵ドイツからやってきたフォン・ブラウンのチーム、となればなおのこと宇宙への階段に足をかける必要は感じなかったと思われます。 両国のこの姿勢の差が、宇宙開発初期にソ連が圧倒的リードを実現した理由だと考えられます。

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ミサイル開発では先行していたので。 旧ドイツのロケット技師は米・ソに分割されました。強権を持つ共産党指導部の影響力もあったと思われます。