質問なのですが、障害が、個性であるとか、或いは、自分たちをマイノリティであるかのようにいうのは、もしかしたら、大変、贅沢なことだと思います。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答頂きて、有難うございます。 そうですね。理解しづらくて、認められないことが影響しているからというのに、納得がいったので、ベストアンサーに選ばせて頂きます。 お礼申し上げます。

お礼日時:9/26 21:13

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健常者と障害者を物量的(数的)にみれば健常者が多数で障害者が少数なのは明白でしょ。そして社会構造は物質的にも制度的にも慣習的にも「多数の人間(健常者)」を基準に利便性や可能性(できるはず、わかるはず)が設定されている。百人や千人に一人利用するかしないかの車椅子利用者の利便性を第一基準に店作りをしている店舗がどれだけあるか、感覚過敏性が高い発達障害者が強く刺激を受けすぎないで済むことを前提とした環境が今の社会の中にどれだけあるか。本人がマイノリティと言ったかどうかだの、障害を個性と認識しているかどうかなどといった表面的なことはどうでもいい。現に社会は「多数派の人の存在の利便性や快適さ、可能性」を前提につくられていて、それにとどかない人をないがしろにしてるということ

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