キリスト教の正教会は アダムとイブを人類の始祖だと考えているのですか?

宗教36閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">50

ベストアンサー

0

ThanksImg質問者からのお礼コメント

有難うございました。

お礼日時:9/26 18:58

その他の回答(1件)

0

ちょっと待って下さい。 僕は正教会について何にも知らないものですが、あなたは正教会がクリスチャンオーソドックス、つまりビザンチンの東方教会、今のギリシャ正教、ロシア正教、アルメニア正教ということを前提に質問しているのですか? それならば 函館のハリストス教会の信者にきかなければ意味をなしませんね。 もし正統なキリスト教会という意味で使っているのなら カトリックは普遍的な教会って言う意味で。 プロテスタントは使徒信条による「聖なる公同の教会」を自認しており。 英国国教会も「聖公会」を自認しているのだからどの教会を指しているのか分かりませんよね。 だからこの質問はおかしな質問なのですが、簡単に答えると普通の教会はその通りです。 ただし聖書絶対の教派では真理であり、 科学的発見も排除しない教派にとっては絶対ではありません。 パウロという信者は原罪ということを主張しているので人間が堕落したと言うテーマとしては象徴として真実ととらえています。 絶対的真実と捉える教派と信仰的真実と捉える派と神話として捉える派が有ると言う事です。 エデンの園からの追放と言うテーマを前提にしなければキリスト教はなりたたないというのも事実です。 補足 質問している方には分からないと思いますので説明 客観的にアダムがどうたらと言う話をキリスト教徒は信じているかと言う趣旨だと思います。 福音派の人たちはそうだといいます。 そうでない人たちも違うとは教義上言えません。 アダムとイブが罪をおかした、だからその子孫たる人間はすべて罪びとだ。 だからそれから救われるためにはイエスが十字架上で血を流して人間の罪をあがなわなければならない。 ひとびとはそれを信じなければならない。 アダムとイブを否定したらキリスト教神学はなりたちませんからねえ。

・・・上記の説明を見てみると、 単に1人の始祖人であるではなく、 象徴的な理解みたいなものもある。 正教会は「これが絶対だ」とあれこれ決めるということが少ない。 ・・・とのことです。