欧米人って、日本人なんかと違って、成人後は親と同居しないで巣立っていくと良く聞くのですが、 何百年も前からそうだったと言うわけではないのですよね?

海外生活 | 世界史453閲覧

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アメリカでも以前よりは同居率あがってますよ。やはり経済的にやっていくのが大変です。ただ、自立しないと!という意識は強いはずです。(そうでない人も居ますけど) 16までは面倒見るという意識じゃないですかね。それからは大人扱いなので親のほうもなるべく巣立たせる感つよめです。

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習慣の違いです。 日本は地形も複雑で、特に内陸部は人の行き来が難しかったことから、定住し、家や親から子へと受け継がれ、共同体として暮らすことが多かった。また、江戸時代の藩政は藩外へ移り住むことを難しくした。(必要がなかったこともありますが。)旅行時には手形、パスポートを申請し、その検閲もありましたね。また、中国では母親が働くのは当たり前だそうです。子供は家族の祖父母が面倒を見るのが当たり前だとか。するとやはり家族で住むのが普通になりますね。どちらが先かはわかりませんが。 欧州はどうやら子供を10代になるならないうちに他人の家に手伝いとして働きに出すことがよくあったよう。イギリスで家庭料理が発達できなかった一因にはこれもありますね。何も知らない子供が料理をさせられ、親から子へと受け継ぐものがなかった。これには多々いろんな要因もありますが。 文化的に、東洋のほうが子供を子供として大事にし、西洋は子供を大人の一部という扱いが今でもあるように思います。子供は将来家を継ぎ、親の面倒も見る将来の担い手。子供はすぐに家から出し、働かせる。他人の子供は働かせやすい。英国で児童労働が悲惨なほどの状態にあったのも子供を家から切り離してしまったからでしょうか。全てが中央集権化された欧州は民衆が自分の土地を持てなかったことも家にいられない理由の一つ。都市部に移り住み、権力者の経済政策によって移り住むことを余儀なくされたため、家が代々続くことは無理だったのでしょう。 経済、裕福さは関係ないです。

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大国は、田舎だから田舎とかは2000万位の家が多いのででは?老人夫婦は老人同士が落ち着くし 戦争ない、大国、精神的に病まない感じがする

台風だの凄くてあちらのかたに ははは、空港壊れてんとか笑って言いましたが、 それは温かい服と食べ物ありますようにとか言いましたが

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欧米は貧困に苦しんでいました。 ドイツが森林王国と言われていたことは小麦が育たない寒冷地だったからです。 ジャガイモの栽培が始まるまで食糧不足にあえいでいたそうです。 グリム童話の魔女や魔法使いは日本の姥捨ての風習と同じです。 小人は子捨ての風習が有ったのです。 普通親は自分の子供をそばに置いておきたいものです、 食糧事情が悪く姥捨て、子捨てが当たり前に行われていたようです。 欧米人が個人主義になった根本原因です。 自活しなければ生きてゆけない貧困社会です。 東洋は事情が違います。 亜熱帯で食糧豊富なところ。 中国の様に農業が盛んに行える豊かな社会です。 もちろん天災などで苦しみますが、農業が出来る土地が沢山あったのです。 当然家族みんなで助け合って農業することで生きてゆけるのです。 欧米の個人主義は貧困から来ていますから、自分の欲の為には人を搾取することにためらいはないようです。

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欧米と言っても主にアングロサクソンの話です。彼らの土地は豊かなところがなく養える農作物もなく、ほぼ農耕より牧畜の文化だったということもあります。 一般的な欧州国家はローマ以降の農耕文化が育つと日本とあまり変わらず、中世期では人口の9割は人口100人未満の村落に住み、教会を中心としたコミュニティを形成していて、一生をその村落の中で過ごし、外に出ることはありませんでした。これは荘園や諸侯領の農奴というのは土地所有者の所有物に近い存在であり、移動制限があり引っ越しがそもそもできなかったこともあります。 ただ欧州は雨水がなく寒冷であり稲作ができないため、居住地が限られてしまい、日本のように容易に100人を超える村が登場することは稀でした。 100人を超えると口減らしが行われましたが、日本の場合は本村の周りに東西南北村が新たに形成されるように村が広がりましたが、欧州では居住できる土地が水源地帯に限られてしまうため、安易に周囲に入植などできませんでした。近世以前までであればむしろ日本のほうが「子供たちの入植精神」があったということになります。 欧州で溢れた人口はどうなったかというと、農耕が不利で村の維持可能人口がとても少ないスイス、ドイツ、イギリス等では都市部に流入、入植(侵略戦争)、傭兵(私掠船や傭兵軍)と、多くの場合戦争で豊かな土地を目指す方向に動くことがありました。スイスは国家ごと傭兵やっていたし、ボヘミアでも傭兵業は盛んでした。イングランドは海賊等になって収益を増やすか、あるいは集団牧畜を行う大きな家に従属するしかありませんでした。 と、一般市民たちはほとんどが農奴として居住地を離れず、一部溢れた人は軍人や盗賊となって戦争稼業を行う(あるいは教会や都市への流入)というのが一般的でした。つまり大半の一般人は家の外に出て独立するなんてことはほぼ無い話でした。 ではなぜアングロサクソン中心に「親元を離れるべき」という風潮になったのか、ということですが、開拓と都市化とがあります。働き方が他の国と異なったのです。なお日本が「部屋住が恥ずかしい」とされるようになったのはもちろんアメリカナイズされたからで、利点があるとか、自らの意思でそうすべきと思ってやったことではありません。 厳密には日本の家は木造のため資産価値が低下していく上に工業国ゆえに都市居住者のほうが収入が高いというのがあるのに対し他国では古いほど資産価値が上昇することがあったり、先進国のような経済大国でもない限りは親元の家を継いだほうが最も経済的に効率がいいというのもあります。 ※つまるところ現在のところは文化と関係なく経済・産業大国は親元を離れやすいです。 まずアメリカでは開拓するという手前、そもそも国民の先祖のほぼすべてがイギリス等から子供が片道切符の入植事業参加者ということがあります。新天地でイチから作り上げた国です。そして農耕文化をすっ飛ばしていきなり産業時代に入っていて、都市化が初期から行われていたことが決定的でした。 農耕であれば、農地を継承し、むしろ人口が余ると追い出されてしまうほど先祖伝来の親元継承が有利です。しかし都市化すると稼げる場所が都市となり、人は都市に行かねばなりません。そこで独り立ちする必要があります。日本でも集団就職の時代はまさにこうでした。都市化産業化されると独り立ちは実際有利なのです。都市は稼げる反面、土地価格が高く住宅が共同化され、ずっと居住するには不向きな借家になります。 成功して所得を都市で得た人は郊外に一軒家を建て子供を産みます。その子は稼ぐために都市に居住しなければならない。ということで親元を離れます。たとえ成功せず都市で子供を産んだとしても、都市の家は大人数を養えないので家を追い出されることになります。 これが20世紀のアメリカの様子でした。 イギリスは元々、農村での養える人口が多くなく、羊毛を売っていましたが、少数で大量の羊が飼えるため、早期に多くの農民が追い出されました(エンクロージャー)。これが都市人口増加と産業革命の下準備にもなりました。他国では、国家ごと傭兵稼業していたスイスなどを除き、追い出される人数はそこまででもなかったのですが、イギリスの場合は2度も大々的に農村を村人が大量に追われることがあったのです。 海賊や傭兵としても働き口がなく、他に産業もないイギリスが、自らなんとか産業を生み出していったのが産業革命でした。産業革命都市は上記のように子供が先祖伝来の家を守るというより、子供は都市でカネ稼ぎするための狭い家でスタートできるということで、追い出されがち(あるいは自らの意思で都市に向かう)です。 貴族は地元と都市に家を持ち、社交シーズンで行き来し、基本的に長子が先祖伝来の土地を継いで嫁を得て栄えるというのが行われていましたが、文化の担い手は人口の9割以上を占める一般市民たちです。 現在、中国や韓国でも親元を離れて都市へ向かうことが一般的になっていますが、イタリアの産業化していない土地や東欧、アラブ諸国では家を出て暮すのが当たり前、ということはありません。

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