いわゆるナーロッパと呼ばれる世界観ではよくアカデミーが登場しますが、史実では子供が通うような学校は中世・近世ヨーロッパにあったのでしょうか?

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回答ありがとうございました!

お礼日時:10/17 21:58

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まず大学の成り立ちから。 王や公は個人的に子弟のために学者を家庭教師に雇うわけです。 それより下の富裕市民や貴族層は共同で組合のようなものを作り、学者を雇うわけです。最古と言われるボローニャ大学は1088年創立と称していますが、初期は学生がオーナーで、教授を雇っているわけです。それとその後総合大学となるためには神学部の設置が必須であり、教会の影響が強くあります。 逆に王や皇帝の世俗権力はなるべく支配的にならないことが理想のようです。 ただし500年ほどあとのオランダのライデン大学や、さらに100年後のピョートル大帝のペテルブルク大学のように君主が官僚養成所などを兼ねて創設している場合もあります。 さてヨーロッパは全般的にイングランドで言うグラマースクールみたいな初等教育的なものは結構ありましたが。 その上の中等教育機関、後の時代の、ドイツのギムナジウムとか日本の旧制中学校あたりに該当するような中等教育の学校ができるのはかなりあとの時代だと思います。 大学に行くような富裕層は、たぶん中等教育まで家庭教師について実家で勉強した上で大学に行ったようです。 入学試験というかその教授への入門試験みたいなものはあまり見かけた記憶はないですが。 順々に体系的に学力をつけた後に大学に入るわけではありませんから。 脱落者は非常に多かったと思います。

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