「真理」と「真実」は同じ意味と考えて良いのでしょうか。 大学入試に向けて小論文を書いています。 自分なりに調べてみたのですがいまいち二つの言葉の違いが分かりません。

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あくまでも、真理と呼ぶに相当することがあるのではありませんし、真実と呼ぶに相当することがあるのではありませんし、いくつかにせよ、1つにせよ、事があるのではありませんし、つまり起きる事があるのでもないのです。 ただ、どのような場面でそのそれぞれの言葉が使われるのかを知れば分けて使えるようになると思います。 真理を辞書で見てみると、普遍的で妥当性のある事実とあります。 一般的に事実というのは、特定されてない方ではなく、特定された方で、特定したことでのその対象(特定されてない方と特定された方とでのすべて、その内の後者となる対象ということで感覚の対象ではなく、特定された方の(特定されない方とで分かられた)個別の対象で、1つ(ずつ) の事)です。 特定されない方とで分けて特定するべくの何かはあるのかと言うと、そんなことはありません。 特定されない方とは個別に事があるのではなく、つながっているのです。 つまり、特定することで(前後ある)事が生じるのです。 (前後ある)事は、その前後とつながっているのであって、特定することでのその側に1つ以上の事が生じるのです。 (特定したことでの)特定した人がどんな事であるかを共有できるように言葉とか画像とか映像とかで個々人に共有されるのが個々の主観的、かつその共通の客観的な事実です。 1つずつの事実の実際は、事細かにあるのでも1つであるのではなく、つまり真理と呼ぶに相当する方と真実と呼ぶに相当する方との複数であるのではなく、つまりスケールのある事であるのではなく、すべてであり、すべてだけという意味でのひとつだけであるのです。 特定したことで生じる事の範囲、感じられること、意志、意図、主張、それらの有無も含め、その全ては人の数相違するということでは複数です。 それらを含むすべてであり、そのひとつが真理=真実=真相です(繰り返しになりますが、すべてであって分けて使うべきいくつかの事があるのではありません) 特定してからそれを言葉で発するなかで個別に概念化(言葉とで分かられて部分化)をされるのです。 真理と呼ばれる場面と真実と呼ばれる場面の内、同じようないくつかの事(光に限ったこととか動物の同種に限ったこととか人間に限ったこととか)に共通することを真理と呼ばれることが多いと思います。 事件の本当のことを指して真実、疑問とされた事の原因が不明で結果になることがわからない場合に「真実は如何に」と言われたり、それが明らかになった際に「真実は明らかになった」と言われることがあります。

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大雑把ではありますが・・・ 「真理」 理論上、考察上の、正しいコト。 「真実」 事実としての、正しいコト。 もちろん意味としてダブっている部分もあるかと思いますが、 こんなで、どうでしょう?

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>「真理」と「真実」は同じ意味と考えて良いのでしょうか。 よくありません。

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