万葉集の防人の歌について

ベストアンサー

1

1人がナイス!しています

ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さんありがとうございました!

お礼日時:2021/12/1 1:15

その他の回答(3件)

1

「防人」は各地の国司に連れられて、一旦「難波宮」に集合して、「集団で初期訓練と初期教育」を受ける期間があります。 この時期の「暇なときに、歌心のある教官が、歌を教えたんでしょうね!」 「防人」の中に、「望郷の念に駆られ、真心 をもって、妻の事や子供のことを真剣に歌った奴がいたんですね!」。感動した教官が「これを大事に集めた!」。

1人がナイス!しています

1

千数百年も昔の庶民がいにしえの飛鳥時代や奈良時代の言葉で...といった時点で気づきませんか?そう。当時の人にとっては現代語だったのです。 他の方の回答の通り、現代で言えばラップです。 これは口承文学で、最初は文字に記録されずに、できのよいものだけ、人々が耳で聞いて詠み伝えたのです。 教養ある人がそれを記録したいと思って、万葉仮名で書いたものが万葉集。大伴家持が編纂したとされますが、たぶん大勢の人がそれぞれ独自の耳コピの歌集を持っていて、家持はそれを読ませてもらってまとめたのだと思います。 まあ、詠み人知らずとか防人の歌といっても、中には豪族・貴族のなりすまし作品もあるのではないかとも思いますが。

1人がナイス!しています

この返信は削除されました

2

現在の和歌、短歌は「学校で習うお勉強」ですからまさしくことばの教養が必要で、そのために難しく思う人が多いですが、それも、もとはといえば万葉時代の歌謡曲ですから現代で言うなら、ラップです。 ラップなら、そんなに難しくはないでしょう? 決まったテンポ、リズムがあるし、韻を踏むこともやっています。 ラップを歌うのに、ことばの教養が、というほどのものは必要ないでしょう。 同じことです。 もちろん字を書ける人は、ほとんどいませんでしたが、おもしろい歌なら役人が書き留めておいて、いつかの宴会で披露していたのかもしれません。

2人がナイス!しています