創世記1章では、3日目に植物4日目に太陽、という創造順になっています。 神の光が太陽のかわりをはたしたので植物は生えることが出来た、 ということでいいでしょうか。

補足

「創世記1章について」 ・1日目 光あれ、 …といった光は …地上を照らす天の大空に昼を治める大きな光るもの(太陽)であった。 ・2日目、 空と海ができた。 ・3日目、 植物を創造した。 ・4日目、 天の大空に光る地上を照らす昼を治める大きな光るもの と夜を治める小さな光るものと星を造りそれらを天の大空に置いた、 …は、太陽や月や星が見えるようになった。 ・・・と解釈しています。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12253094677 これは、どんなキリスト教(キリスト教かどうかは?だが)ですか?

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ベストアンサー

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➀質問にあるように考えている人もいるし、 ②実は(太陽のことは書いてないけど)1日目から造られており、 太陽とかが見えるようになった(見えるようになったとは 書いてないけど)のが4日目(そうなると、この書き方に問題がある) と考える人も居ます。 ・・・ あと、1050412150さん2021/11/28 4:59の回答には 返信で質問しときました。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

色々な回答があるので 一番最初に回答してくれた人を選びました。

お礼日時:2021/11/28 23:13

その他の回答(5件)

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前置き: これから記すことは、前代未聞だということを予めお伝えしておきます。 恐らく、全世界探しても、こうしたことを述べている人はいないようです。 しかし、あなたが聖書をお持ちなら、そして少し手間をかけるなら、あなたご自身で、これらが真実だと確認できるでしょう。 (ネット等でヘブライ語で聖書をを読めるサイトなどを検索してください) 創世記の記述の中で「創造(ヘブライ語:バラー create)という語」が見られるのは、1:1、1:21そして1:27に3回だけです。 「創造」とは無から有を生じさせることです。 つまり、神は「毎日」創造されたわけではありません。 1:1は創世記1章全体のダイジェストですから、人間の創造を除けば、創造されたの5日目の「1章21節」の記述だけです。 「神は、海の巨獣と、種類にしたがって、水に群がりうごめくすべての生き物と、種類にしたがって、翼のあるすべての鳥を創造(バラー)された。」 日本語訳の記述に、それ以外に「造られた」という語が見られますが、(例えば「神は大空を造り」1:7)それらはすべて「ヘブライ語:アサー do, make」であって、「創造」ではありません。 分かりやすく言えば、既に存在しているものの「加工、操作」です。 水を分ける業により生じた「空」も「海」も「加工、操作」であり「創造」ではありません。 1:3の「神は仰せられた。「光あれ」すると光があった。」という記述は、「太陽」の創造ではありません。 「宇宙」や太陽などの「天体の創造」は、創世記1章の記録には含まれていません。それらは、それ以前に存在(創造済)しています。 創世記の創造記述はあくまで、地と、地上に関するものです。 (地は定まった形がなく、水が覆っていた、ということは、諸元素や水の分子などは既に存在していたという何よりの証拠です) さて肝心の「植物」についてですが、なぜかは分かりませんが、創世記中に植物が「創造」されたという記述はありません。 「神は仰せられた。「地が植物、すなわち種を生じる草やその中に種がある身を結ぶ果樹を、種類にしたがって、地の上に芽ばえさせよ。」そのようになった。ものです。」創世記1:11 「芽生えさせた」という動詞は「ヘブライ語:ダーシャー to sprout, shoot, grow green」で、この語は聖書中にこの他には、ヨエル書に1箇所しかなく、古代ヘブライ語の比較研究が乏しいため、この語に[create]の意味合いが含まれるかは不明です。 「野の獣たちよ。恐れるな。荒野の牧草はもえ出る[ダーシャー]。」ヨエル書2:22 ともかく、「神は二つの大きな光る物を造られた(アサー)。大きいほうの光る物には昼をつかさどらせ、小さいほうの光る物には夜をつかさどらせた。また星を造られた(アサー)。」という4日目に関する記述は、この時、太陽が創造されたのではなく、1日目以前から存在し、太陽の「光」は「光あれ」という宣言以来、地を囲む大気の透明性の進展により、この時点で十分なものに完成した状態になったということでしょう。(光あれ、の前に既に温度は、それなりに地上に届いていたのかもしれません) info@yoberu-t.com

実は(太陽のことは書いてないけど)1日目から造られていた。 実は3日目に植物が造られたのではない。となると、 「生えさせよ。生じさせた。」という3日目は 何を表してますか?・・・質問です。

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神の創造の第6日までの創造は神の創造の第7日目に向けて「万象」が完成したと言うことを念頭に置いて考察することが良いと思います。 2:5,に書かれているように、土地を耕す人が居なかったので、大密林にして置く必要はなかったものと思います。 *多くの回答者が、第1日目の光を物質的な光のように言っていますが、全ての事に於いて第1である、本物の光であるイエス・キリストの真の誕生日です。 この光と闇を分ける業、昼と夜を区別する業の完全なる完成は神の創造の第7日で、人も肉体の種から死んで復活して神の子としての完全な完成は第7日に成ると言うことです。

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そもそも、太陽も月もない状態で「昼があり、夜があった」と言い張るのが創世記という奇書の珍説です。

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確かにそれもあっただろうし、なおかつ、一日ぐらいは太陽の光がなくてもどうってことは無かったと思います。

「創世記1章について」 ・1日目 光あれ、 …といった光は 地上を照らす天の大空に昼を治める大きな光るもの(太陽) …であった。 ・2日目、 空と海ができた。 ・3日目、 植物を創造した。 ・4日目、 天の大空に光る地上を照らす昼を治める大きな光るもの と夜を治める小さな光るものと星を造り それらを天の大空に置いた、 …は、太陽や月や星が見えるようになった。 ・・・と解釈しています。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14253179194?post=1 これは、どんなキリスト教(キリスト教かどうかは?だが)ですか?

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創世記の1週間は、地球を整えた期間ですが。 宇宙や太陽や地球が作られた時は、それより前です。 1日目の光と、2日目の水により、3日目の植物が生きれます。 4日目は空気浄化期間。で星や太陽が明確に見えた。

実は(太陽のことは書いてないけど)1日目から造られていた。 太陽とかが見えるようになった(見えるようになったとは 書いてないけど)のが4日目ですね。 そうなると、この書き方に問題がありますね。