仏のような心を持った人はどんな人ですか?

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仏と言えば釈迦ですね。釈迦は修行者でした。その生活は一切の労働をせず、ひたすら喜捨によってのみ命をつないでいました。 全てのわだかまりから解放されましたが「仏の顔も三度」という逸話もあり、初期の段階ではまだ悟りを得たと言えども望郷の念は残っていたようです。 なので多少の縁や情を持つことは構いませんが、そこからも解き放たれることを目指していかねば無理でしょうね。 人間が死ぬまで捨てることのできない欲は食欲と睡眠欲です。これらも捨てるべく悟りを得ようと望めばこれもまた我慾によるとされるのが曹洞宗の教えです。ひたすら生活をするその全てが禅行とされます。余分な事を一切考えずひたすら仕事を無心で続けていくことが第一でしょう。 そして生きようという欲すらなく死に際してやっと食欲と睡眠欲から解き放たれるのです。この原理を理解し実践できるようになることが「悟り」です。 そして悟りを得た後に死に直面し乗り越えることを涅槃に入ると言います。これで仏になるわけです。 仏教宗派によっては死後の修行が続き、悟りに至るにはさらに10段ほどの段階があると唱える所もありますが、私はこれもまた我慾の成せる業だと考えます。そんなもの有ったって無くたって行ってみなきゃわからないのですから行かずに考えあぐねる迷いがあるという事でしょ。だから死によって往生するだけでいいんですよ。 そして翌慈悲深い人を仏のようだと言いますけど、人に慈悲を施すということは自分以外に思いを寄せている。釈迦で言えば釈迦国を守るために出かけているのと同じ。これもまた執着であり煩悩です。分け与える事は悪い事ではありませんがそれ自体は仏のようではありません。せいぜい羅漢か天部の段階でしょうね。仏のようになれば執着はなくなり他に慈悲を施すこともありません。この辺を勘違いしないでください。無慈悲こそが仏なのです。或いは無慈悲の慈悲ができればなお結構でしょうね。 とりあえずこんなところかな。