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2022/5/4 15:18

55回答

どうして中国は一人っ子政策をしたのですか? 母国の力や国内総生産といわれるGDPを意識するなら 人数の暴力によるマンパワーが大切だと、よく聞きます

中国史 | 国際情勢143閲覧

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質問者2022/5/5 18:37

まぁそうですよね…日本だってWW2のとき国民が約7000万人だったのに戦後は1億3000万ぐらいまで増えましたけど 中国は約5億4000万から14億人ですもんね… 今の中国なら2倍3倍に増えても、輸出絞れば賄えるでしょうけど いまから70年前とか60年前じゃ2倍以上に膨れ上がった国民食べさせるなんて無理ですよね…

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中国は2016年に一人っ子政策を転換しましたね。 それでも出生率は上がっていません。むしろ下がり続けていて、2021年度は0.752%。都市部では上海、香港などは0.5を割り込み、地方都市でも1.05。惨憺たる有様です。 これにはいくつも理由があります。まず、儒教の国中国では、一人なら断然男子を欲しがり、女子胎児の堕胎が繰り返さたため、人口比で圧倒的に男子が多くなってしまった。 また、一人っ子政策が長らく続いたため、家族が子供一人にかけるお金や時間に対する慣習変更出来ずに、二人目に対応できる体制になっていない。 というのが理由のトップ2です。 このままいくと中国は10年以内に世界でもまれにみる高齢化社会を迎えることになります。 中国は名目上一応「社会主義」の国で、農村部は未だに配給制度です。 一人っ子政策を始めたのは1979。あの文化大革命が終わって3年後。 毛沢東は米ソに追いつくため、大躍進政策を掲げますが失敗。5000万人以上の餓死者を出したとされています。その後党内での立場を悪くした毛沢東が打って出た策が文化大革命。知識層の弾圧で中国経済は停滞。弾圧と飢饉で3000万人以上が死んだとされています。しかし、一方で1950年代に推し進めた大躍進政策の一翼を担っていた多産運動で生まれた子供たちの結婚適齢期がやってきた1970年代には人口が爆発的に増加。配給が滞り貧困が深刻化します。そこで政府の配給負担軽減のために考え出されたのが「計画生育政策」。いわゆる一人っ子政策です。

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1949年、中国建国直後の指導者毛沢東主席は、人口を増やせば経済が発展すると考え、国民に子供をたくさん産む方が良いと呼びかけました。 約5億4千万人だった人口はその後急速に増加することになります。このころ中国では積極的な経済拡大政策を行っていましたが、自然災害などが重なったこともあって、増えた人口を賄う食糧が足りなくなり各地で飢饉が発生することとなりました。 食糧不足が落ち着くとその反動で1970年代初めにかけて人口が再び爆発的に増加します。食糧不足の再来を防ぎ、それに伴う社会全体の貧困を防ぐため、1組の夫婦がもうけることができる子供の数を制限する「一人っ子政策」が1979年に導入されました。 指導者も最初は人口がパワーだと考えていたようですが、いざ増えてみると食料問題に突き当たることになりました。 そこで一転して一人っ子政策をとることになりました。

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質問者2022/5/4 22:02

中国ならまた人口増社会を作り出しそうな気がしますね…

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食糧不足の部分もありますが 中国を支配している共産党員は約9000万人 この人達が色々と優遇されており、冷遇されている非共産党員の数はその十数倍 数の論理で言えば、この人達が反乱を起こすと、もうどうしようも無くなります その恐怖感は常にあり、人口増加に歯止めをかけたかったって側面もあるようです しかし、人口減少は=国力の低下をも招く事に それに気づくのが遅かったってことですね 日本もゆとり教育を実施しましたが…

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質問者2022/5/4 17:36

一人っ子政策のときはお腹の胎児が女の子だと中絶されてたって 昔、ネットでよく目にしました 理由が、家を継げないから・農業に不向きだから・嫁に行っちゃうからとかだったのですが 今なら男の子が1人産まれるまでは、女の子は何人でも産んでOKとかにしたほうがよかった気がします 女余りになるでしょうけど、国力考えるなら 妥当なんじゃないかな… 最悪、地方や農村部は重婚を認めるとかして… 一人っ子政策実施中の35年間の間に 中絶された胎児は数千万、へたすりゃ数億規模で居たんだろうなぁ

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生産できる食料以上の人口は国を滅ぼします。

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質問者2022/5/4 15:53

今の中国なら漢民族だけで30億人~50億人いても できるんじゃないんですかね? 今ならできる、一人っ子政策のころは…う~ん…