「速読」に対し、「可能」という意見と、 「科学的でない」という意見があります。 この議論で、問題の焦点となるのは、 どういった事柄でしょうか? たとえば、「1分間に何千字までなら可能」

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>速読は、速度と理解力のトレードオフが必ずあるんです あります。理解のロスなしに、いくらでも早くは読めません。 で、今どきネットの記事は、基本無料で入手コストが安いから、 時間の方が大事なわけでして、「読み飛ばし」が効率的です。 だから、そういう点で、速読にも意味があるかと思いますが、 全部一括りに「非科学的」と片付けると、不毛でしょう。 ただ一方で、「トレードオフを前提にした速読」の方は、 地味だからあまり声が大きくない、というのも感じます。 まず、理解力を無視して、速度だけ宣伝しても無意味、 というのが、周知徹底される必要がありますね。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

「速読」支持派と懐疑派の、議論の落としどころとして、「トレードオフ」は、必ずあるかと思います。コメ欄で、「上達の可能性」も認めておられたので、ある程度、常識的な結論だと思います。 あとは、「どれくらい速度を挙げると、どれくらい理解力が下がるのか」の量的問題が残ります。ただこれは、実験が必要です。 ということで、今回のベストアンサーにさせて頂きます。ほかの方も、ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:5/15 15:14

その他の回答(3件)

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出来る方は何の疑問もないでしょう。出来なかった方ややったことすらない方は、信じられないのかも知れませんね。でも、脳の処理速度の問題だけですから、なんら疑問の余地はありません。何十桁の計算を瞬時に出来る暗算の達人をインチキとか、思わないでしょう。東京大学に入学しても、半信半疑はないでしょう。それと同じです。

>何十桁の計算を瞬時に出来る暗算の達人 ええ、訓練すれば、暗算の速度は、百倍にもなりますよね。 英語の文章を読む速度も、訓練しだいで百倍になるでしょう。 中学生が英語で、1ページに、1~2時間掛けていたのが、 翻訳者ともなれば、1分でサッと大意をつかめるでしょう。 それなら、日本語でも、一定の範囲であれば、 速度の向上は可能ではないか、というのが私の疑問です。 生まれつき、まったく変わらない方がおかしいです。 子供と大人では違うでしょうし、IQとかでも違うでしょう。 また、読書量が、累計100冊の人と、1000冊、1万冊の人で、 速度がまったく変わらないのも不自然です。 もちろん、範囲がどこまで可能かは難しいですが、 今後の実験とか論文とかを待つしかないでしょう。 私自身は、速読できるので、べつにその結果を待たないで 速読していますけど、信じない人への証拠という意味では。

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ぜんぜん専門家でもない素人ですが、 速読が「可能」と 速読が「科学的でない」 というのは全くベクトルの違う意見ではないでしょうか? なのでこの2つの意見の焦点はなく、それぞれ別に焦点があると思います。 まず「可能」の意見。 何をクリアしたら「可能」と判断できるのか? そこが焦点だと思います。 たとえば速読した場合と通常の場合で、同じ理解度であればいいのか。 それとも”要点のみ”理解していればクリアなのか。 速読の対象も重要ですよね。実用書なのか、小説なのか。 小説で「金閣寺が一番美しいと思う主人公が、生臭坊主や障害者の美的価値観を観察するうちに自分の中の美を永遠のものにしたくなって金閣寺を燃やした」ということを理解できていればいいのか? それとも主人公の美に対する執着、実家との確執、鬱々とした日本海の様子、師匠に対する尊敬と失望、そういった情景や心情を理解できていないとクリアと言えないのでは? 次に「科学的でない」という意見。 これは速読の手法がコストパフォーマンスに見合っているか? ということでしょうか。 たとえば「繰り返し何度も勉強しましょう」というよくある言葉がありますが、これは苦労を強いているのではなく「忘却曲線」を元にした立派な科学的な意見ですよね。 速読にも、そういった「速度と理解度」の科学的な数値があればいいんじゃないでしょうか。 数字が出ていなければ非科学と言われても仕方ないと思います。

>速読が「可能」と >速読が「科学的でない」 >というのは全くベクトルの違う意見ではないでしょうか? たしかに、これはそうでしょうね。 それで、速読「可能」という論点を補強しておきます。 たとえば、子供と大人で、本を読む速度が、 まったく同じになるわけがないと思います。 大人になるにつれ速度が上がっていくはずで、 なら大人でも、さらに速度が上がることはおかしくない。 一方で、百倍、千倍の速度でも、理解力が落ちない、 などというのは怪しい、オカルトかも、とは思います。 「自転車のギア」と同じで、速度を早くすれば、 パワーは落ちるというのを、体感しています。 次に、速読が「科学的」かどうかといえば、 データが不足しているだろうとは思います。 小規模集団だから、データを集めるのが難しいんでしょうか? 速読に関する、今後の研究の発展に、期待したいと思います。