鎌倉殿の13人。最後の紀行で芭蕉が一句詠んだのを聴きました。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆様、ありがとうございました。

お礼日時:5/29 18:19

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芭蕉には「平家物語」の故地を訪ねることも「奥の細道」の旅の大きな命題でした。那須与一・義経・佐藤兄弟・齋藤実盛・木曽義仲らの痕跡から「平家物語」の無常の世界にどっぷり浸っていったことでしょう。 「むざんやな 甲(かぶと)の下の きりぎりす」 義仲・実盛の哀話を示す遺品を前に芭蕉は振り絞る思いで詠んだかもしれません。 平家鎮魂の文学「平家物語」には、無常感が横溢しています。お挙げ戴いた「夏草・・・」の句は、この旅の一つの頂点をなすものでした。今も芭蕉は木曽義仲の隣に眠っています。

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私もこの句は好きです。 好きというより、人生のはかなさをありのままに表していて、忘れる事が出来ません。 約千年前の武士達と言え、現代の我々と言え、人間は生きている時だけがすべてであり、寿命が終われば皆同じという人生そのものを芭蕉は感じたのでしょうね。 人間は遺骨になって墓に入ろうとも、戦場で戦死してそのままになって雑草が生えて来ようと、皆同じでしょう。 芭蕉や我々が思いを馳せても、亡くなった人はその想いを知るすべはありません。 全て一回だけの人生で終わりです。 それが人生でしょう。