豊臣秀吉は猿もしくは禿ねずみとあだ名がついていましたが猿と禿ねずみは似てないけど何故2つのあだ名がついたのでしょう?それと何故猿のあだ名の方が有名なのでしょう?

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信長がハゲ鼠と呼んだとされてます。 秀吉が猿と呼ばれたのは落首に 『まつせとはべちにはあらじ木の下の さる(猿)関白を見るにつけても』 とあります。

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サルは、後世の軍記物で呼ばれた渾名であり、 同時代の物ではありません。 秀吉の母、大政所は山王信仰(日吉信仰)が篤く、 秀吉も母の影響で、山王信仰を持っていました。 日吉神社の使いはサルだとされていて、 秀吉の幼名も太閤記では、日吉丸となっています。 こうした点から、秀吉とサルが関連付けられた、 という説もあります。

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信長が寧々(秀吉の妻)に送った手紙ではハゲネズミと書いてある。 [太閤記]では猿。[太閤素生記]でも猿。しかし周囲の人が猿と言ったり書いたりしているこれら以外の記述はあるが、信長が猿と言っていた記述はない。 [太閤記]の方が読み物として人気があったので、[猿]が有名になった可能性が高い。また山王信仰(猿は日吉大社の使い)を利用するため「猿」という呼び名を捏造したとの説もある。秀吉はこの手の捏造話が多い。