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2022/6/20 12:46

1313回答

ふと思ったのですが、 国語のテストで「作者の気持ちなんてわかるわけないじゃないか」といっていた人は 人の気持ちがわからない人なのでしょうか。

回答(13件)

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国語のテストの「作者の気持ち」というのは子供にもわかりやすい言葉遣いなだけで、「文脈を解釈せよ」ということでしょう。 本質的に、作者と作品は関係がないものです。 良い作品というものは、作者が意図したこと以上のものが存在します。

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私は作者の気持ちを想像することは出来ても実際どう思って書いていたかは書いた人にしか分からないと思います。 例えば、めちゃくちゃバッドストーリーでとにかく悲しい話を書いている人がいたとして、その人が本当に悲しいと思って書いているでしょうか。意外と締切やべぇぇぇぇとか、お腹すいたなーとか、そんなようなことを考えているかもしれませんよ!

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質問者2022/6/25 12:52

現代は特にそうかもしれませんね。ありがとうございます。

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人の気持ちは、考えるし想像はしますが、正解は解りません。そのような意味の人もいると思います。

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質問者2022/6/25 13:18

確かに、全て考えた上での深い発言、とも考えられますね。ありがとうございます。

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まず人の気持ちがわかる人って いないと思います。 以下そう思う理由です。 わかるとすれば 自分の気持ちだけだと思うので。 質問文にある 作者の気持ちがわからない人は 人の気持ちがわからない人なのか? それとも 作者の気持ちはわからないけど 人の気持ちはわかるのか? 前者はあっても 後者はないと、私は思ったり。 理由は 厳密というか大きなくくり? で言うと そもそも ↓ 冒頭にも書いたとおり、 人の気持ちはわかるものでもないと思います。 ではどうするものなのか? ↓ 捉えるものです。 ↓ 自分で捉えて、解釈して、 そして自分なら ←これで 捉えて解釈したこと実感できた時、 はじめて人は他者を わかる ではなく わかると言える ということです。 国語で習う作者の気持ちなんてわかるわけないだろうー。 ↑ 国語は作者になりきる授業ではないと思います。 ↓ 捉え方を鍛える授業です。 捉え方がたくさんになればなるほどそこから育つ価値観もまた多彩になる。 ↓ 感情豊かに繋がったり、 人間関係を作っていく上で 一番大切な「人となり」を作っていくことができるようになる。 国語って私はそんな科目だと思います。 なので 作者の気持ちを捉えきれない人は 人の気持ちもまた捉えきれないかもしれない って思います。 ただ例外はもちろんあると思います。 好きな作者がいたとして。 好きなだけにたくさん好きなんだから読むでしょう。 それすれば やはり「感じること、思うこと」ってたくさんでてくるはずですね。 それが「捉える」ということだと思うので。 そういった場合は 作者の気持ちはわかっても(捉えられても) 人の気持ちとなると、 好きでもない限り、なかなか難しい人もいると思います。 逆ももちろん然り。 国語、読書自体にもともとあまり興味がなく、 でも 人には興味があるから あれこれ捉えることができる人もいるんじゃないかってことになります。 理解って外からいったん入ってくるもの。 はいってきた理解の捉え方、解釈って自分で生み出すもの。 そこには 「関心・興味」が大きく関わってくると思います。 わかる ってことと、 捉えることができる ってことは違うけど似ているので。 質問者さんの疑問が生まれてるのはとても自然だとも思いました。 長々とm(_ _)m 一意見です。

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質問者2022/6/25 12:56

作品論とテクスト論に近い考え方でしょうか。ありがとうございます!