戦艦扶桑の艦橋は当時からネタにされていたのでしょうか?

補足

「当時」というのは、太平洋戦争時のことを指します。なのでこの質問は「太平洋戦争時の人々からも扶桑はネタにされていたのか」という意味です。わかりづらくて申し訳ございません。

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2022/6/25 10:41

時代は「超ド級」、旧海軍は試行錯誤中で、誕生したのが「扶桑」・「山城」 https://trafficnews.jp/post/85255 WWⅡでは時代遅れの欠陥戦艦に。 「扶桑型戦艦」は、金剛型戦艦と同じ35.6cm連装主砲塔を6基も搭載した。 特に1番艦の「扶桑」は、3番主砲塔を前向きに搭載した事が仇と成り、 どう近代改装を繰り返しても、3番主砲塔が艦橋と干渉するため、艦橋を 無理やり「くの字」に曲げた。 その結果、違法建築の様なアンバランス艦に。

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2022/6/25 10:45

「扶桑型2番艦」の「山城」は、3番主砲塔を後向きに搭載したので、 扶桑の様に艦橋を「くの字」に曲げずに済んだが、それでも主砲塔 6基搭載の欠陥戦艦で有る事に変わりはなく、バランスは悪い。

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ないでしょう。 元々は単純な3脚マストだったのを途中の部分にフラットを追加 して探照灯や観測所を設置していった結果なので。 金剛や長門も竣工時は単純な3脚マストで 後年の改装で複雑化、扶桑と大きく違うものではないです。

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今見ると、とんでもない形をしていると感じるが 当時はレーダーがないため、水平線の向こうの少しでも遠くを見るために 理にかなった形だったのでしょう。

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国際的に戦前の友鶴事件(1934年)、第四艦隊事件(1935年)で、日本海軍の艦艇は、トップヘビー(上部が重く、重心が高い)で、安定性に欠くという風説はあったようです。 日本の戦艦の艦橋は、パゴダ型(東南アジアに多く見られる仏塔の形)と呼ばれ、重心が高過ぎると考えられていたとか。 そういう意味では、ある意味、嘲笑の対象になっていたと思います。 アメリカの旧型戦艦(真珠湾で沈められたような奴)は、かご(籠)型マストと呼ばれ、これも評判は今一つだったようですね。

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今世紀に入ってから2ちゃんねる(現在の5ちゃんねる)の軍事板あたりで一部の人間にネタにされていたのが広まったのだと思います。それ以前のミリタリー系の雑誌や書籍では見かけた覚えがありません。

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