真如苑という宗教について教えてください。 さっき母のカバンをたまたま覗いた時に本がありその宗教の存在を知りました。 母は「お寺に行ってくる」と言って先月1回、今月も1回でかけています。

補足

追加です 昨日寝る前に確認したら入信したようです。 やっぱりかという感じですが、「本人曰く辛くなったら辞める」「霊能者?にはならない」と言っているので今のところはのめり込んでいるほどではない感じです。 危ないというのは皆さんが言う通りお金のこともありますし、教えの中で周りとの関係を絶ったり、強制するようなものがあるかなどもあります。 元信者の方などいらっしゃればどんな雰囲気なのか、やめた理由やいい所悪い所などもよろしければ教えて頂きたいです。

ベストアンサー

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回答ありがとうございます。 病気なども宗教で治したりするみたいな考え方だと思っていたんですが、少しなりとも適切な場所へ行くよう言われるんですね。でも矛盾していることも言ってくるのはやはり信用出来ないところですね。 もし誘われた時に中の様子などもを見るために潜入みたいなことをすることも頭によぎったのですが、やはりやめた方が良いですね。気をつけます。 自分の自立も頑張っていこうと思いますが、弟は障がいを持っているので少し難しい所もありますが自立の手伝いみたいなのが出来ればと思います。 とても参考になりました。ありがとうございました。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。 軽率な考えがあったことを改めて知ることが出来ました。 これを機に自分自身も変わって行けるようにしたいと思います。

お礼日時:7/2 20:21

その他の回答(12件)

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かつて長く信者で活動したものです。基本的に紹介制なので誰かの紹介で入信しているはずです(紹介者が親戚だとちと面倒くさいことになります) あとあなたのうつ病は大変だと思います。あなた自身も接近しないように気をつけてください。先祖の因縁とかナントカで障がい者、精神病患者を入信させている事例もあります。 勧誘、お布施が割りと重視されている部分があります。のめりこむと人間関係や自宅の金銭に傷をつけます。新宗教の中ではマイルドなほうと言われますが、あまり接してはならない組織です

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回答ありがとうございます。 母を紹介した人は検討がついているので私も気をつけたいと思います。 母におかしくなったら言うと伝えた時気をつけると言っていたのでとりあえず今は様子見をしておくことにします。 ありがとうございました。

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ピースボートのポスターが私が子供の頃貼ってありました ちなみに元信者です

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元信者です。 30年前に脱会してますが、 真如苑を信仰したからと言って 幸せにはなれません。 最初は親身に話を聞いてくれるでしょう… 段々と3つの歩みの、特にお助け(勧誘)と 歓喜(お金)これにはノルマがありますから。これをやって行かないと、会座には 参座出来ないですから。 信仰宗教とネットワークビジネスには ご注意を! 友達は失う、信頼は失う (自分助かりたい気持ちが強いので嫌われます) 最後、苑のひとにも相手にされず 大事なお金と時間をむしり取られます。

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回答ありがとうございます。 お布施と勧誘にはノルマがあるんですね。ただやるというよりノルマがあるというのが怖いですね。 私は田舎に住んでいるので新興宗教もネットワークビジネスも遠い存在だと思っていたのですが思ったよりも身近にあることを改めて感じました。気をつけていきます。

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数年前に亡くなられましたが、弁護士で元信者だった方の話です。 お金のことや、思想的にも危険ということは無いようです。 私も、兄弟に信者がいてますのでそのように思います。 ただ、考え方に問題がるようです。 悪いことは他人(先祖さんや友人)の責任、良いことは自分の行いによるものです。これが基本です。 絶対に、自己反省はありません。 よって、先祖さんの悪行が降りかかっているから、先祖供養は大事だと。 基本、頭を下げない人が多いですよ。 教祖の伊藤真乗は、戦前に詐欺の前科二犯ですが、詐欺は時代に関わらず人をだます犯罪ですから、うまいのでしょう。 普段は、過激なこともないし、お金も細く長く吸い上げ、お金が無い人は信者を連れて行き、「接心」を受けさせればOK。 信者とは親密に付き合える人ではないと思います。

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信じても幸せになれない教えです。 真如苑は伊藤真乗・友司夫妻が「だれでも霊能者になれる」と主張し、設立した真言宗系の在家教団です。 教団では、信徒に対して「お救け」「歓喜」「奉仕」の「三つの歩み」を義務づけており、「お救け」とは布教・勧誘行為、「歓喜」とは金銭の寄付、「奉仕」とは教団の諸活動に労力を提供することです。 これらを行うことによって、自身の持つ「悪因縁」を断ち切ることができるとし、さらに、この三つの歩みを行う基盤となるのが、霊能者の指導により菩提心の向上を目指す「接心」と呼ばれる修行です。 「接心」とは具体的には信者が、教祖の長男・次男の霊と感応した霊能者と対座して霊能者が話す「霊言」(ミーディアム境)を聞き、問題を解決したり心を浄めたり霊能を開発するというものです。 教団では、教祖・真乗の長男・智文と二男・友一は信徒の苦悩を代わりに受けて早世したものと教えており、信徒の病気が治ったり苦難から救済されるのはこの二人の働きによるものとして、「両童子様」と呼称して祀っています。 この接心修行には、「向上接心」「相談接心」「特別相談接心」「鑑定接心」などがあり、「向上接心」は、白身の修行として月一回は必ず参加すべきものとされ、「相談接心」は、様々な悩みを解決するための指導を受けるもの、「特別相談接心」は、相談接心を特別に行ってもらうもの、「鑑定接心」は、事業・縁談などを易で鑑定してもらうものです。 これらの接心に参加するには必ず寄付金が必要で、何百回もの接心や、霊位を向上させるための「相承会座」に参加することによって、信者は霊能を磨き、仏性を開発することができるとしています。 また霊能の維持・開発のため、霊能者同士が接心するという「苑内接心」も行われています。 信徒の実践行としては、朝夕に寝釈迦像の写真本尊の前で涅槃経の「名字功徳品」を読誦し、「南無真如一如と尊き御教えを念じ奉る」という「一如祈念」を行っています。 真如苑では、神がかりの霊能者から霊言を聞いたり、指導をうけることを奨励し、霊能者になることをすすめています。 しかし心理学からみれば、心身に強いストレスを与えれば誰でも神がかり状態になる可能性があるといい、また、神がかりの者が発する霊言なども、深層心理が言葉にあらわれているにすぎないといいます。 したがって霊能者による接心などはまったく無意味なことであり、かえって人を悪道におとす行為です。 特に真如苑の霊能者にはマニュアルがあって、これによって霊言を述べているといいます。これでは霊言などとはいえません。 また、霊能者になるには相当の金員が必要とされており、金で買ってなれるような霊能者はとても霊能者といえないでしよう。 真如苑では、「霊界にいる先祖の霊魂が苦しんでいるので、その霊のたたりで現在がよくない。これを除くために、真如苑で護摩や施餓鬼の供養をするように」と進めています。 しかし、仏教では死後の生命は法界にあって前世の因果を感じながら、縁にあってまた生じると説き、因果を無視した霊界や霊魂の存在を否定しています。 霊界や霊魂などを利用して信徒を脅迫し、供養を強要するのは、明らかな邪義です。

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