アメリカ合衆国における日系人の強制収容に関して質問があります。

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返信来てからと思ったけど、既読スルーなんで 米国側が日系人のテロ行動を防ぐためにスパイ網を作るメリットはあっても、日本側が日系人の間にスパイ網を作るメリットはありません。日系一世は米国籍を取得できません。そして米国籍を持つ二世は若く政府の中枢にいた連中は誰もいません。よって普通の一般市民をスパイにしても有効な情報は何も入手出来ません。という当たり前のことがわからずにupする連中がいる。 大統領令9066号が発令された後の1942年2月下旬から、カリフォルニア州やワシントン州、オレゴン州とアリゾナ州、そして準州のハワイからは一部の日系アメリカ人と日本人移民約120,000人が強制的に完全な立ち退きを命ぜられた。 ですが、 1941年12月~1941年1月に焼き討ち多発なんて史実は無い。

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どうでしょうか。アメリカには枢軸国のドイツ系やイタリア系も多く、敵国出身者は少なくありません。当時はドイツ系がもっとも多数派だったとも聞きます。 アメリカは日本軍の西海岸上陸を恐れていて、その際の日系人の協力を危惧しての対応だったとされます。 戦後の日本の情報将校の手記によると当時、日系人の間にスパイ網を作っていたそうです。日系人の強制収容でまるきりアメリカの情報入手ができなくなったとか。この手記ではアメリカの対応は意味あるものとしていますね。

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1988年 ロナルド・レーガン大統領は人種差別に基づく日系人強制収容の事実の謝罪と一人につき2万ドルの補償をおこなうことを決定。 →日系人がアメリカ人として扱われたことに日本は大喜び →日本人は日系人を日本人として扱ってるじゃないか

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当時はまだ人種差別という名の怪物が服を着て大手を振って街中を歩いていた時代なので襲撃される危険性はあったと思います。ただし、少しでも保護する気があったのならともかくそんな気はさらさら無かったとすれば許し難い所業です。