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長尾影虎が関東管領を受け継ぐまでの、上杉氏(山内、扇谷、越後?)の簡単な流れ...

ken********さん

2009/6/714:08:27

長尾影虎が関東管領を受け継ぐまでの、上杉氏(山内、扇谷、越後?)の簡単な流れ、前述3家の違いを教えて下さい。また関東管領が支配していたのは現在のどの辺なのですか?

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hir********さん

2009/6/719:34:27

こまかく説明するとものすごく長くなるので、簡単に説明しますと、元々上杉氏は京都の中流貴族の出身です。
鎌倉幕府の6代将軍、宗尊親王の鎌倉下向に随行したのが上杉氏の始祖となる上杉重房・頼重父子です。
後に重房の孫が足利尊氏・直義(ただよし)兄弟を生みます。その後上杉氏は足利氏の執事になり、足利氏が室町幕府を開くわけですが、この時鎌倉府の補佐役として関東管領職に上杉氏を据えます。
そこで上杉氏は鎌倉に移住し、一族は大きく4家(扇谷家・山内家・犬懸家・詫間家)に分かれます。

当初、関東管領職は犬懸家と山内家が交互に就任していました。なかでも犬懸家が最も勢力があったのですが、1416年の「上杉禅秀の乱」で犬懸家は失脚、関東管領職は山内家がほぼ独占しました。
(扇谷家は「川越の合戦」で滅亡します)

ちなみに質問者様のいう越後上杉家は山内上杉家の分家のことです。越後上杉氏は下克上によって謙信の父、為景に滅ぼされてしまいます。
以上のことから本来、山内上杉家にとって「長尾家」というのは敵なのですが、関東管領の上杉憲政は北条氏に追われ、よほど困っていたのでしょう。謙信に助けを求め、後に関東管領職を譲ることになります。

ちなみにピーク時の上杉一族は上野・越後・相模・武蔵・上総・安房・伊豆・信濃の守護を務めました。

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sat********さん

2009/6/718:33:13

恥ずかしいことですが、長尾影虎 という人物は初めて聞きました。有名な長尾景虎とはどういう関係になるのですか?

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カテゴリマスター

2009/6/715:30:48

関東管領はについては、ここを読まれたほうが早いです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%9D%B1%E7%AE%A1%E9%A0%98

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