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人権教育について。

sat********さん

2009/7/503:50:22

人権教育について。

日本の人権教育って、正直言ってあまり役に立ってないような気がするんです。差別の実態や経緯を勉強するまではいいとして、結局は「差別はいけない」「差別は無くさなければならない」という理想論にしか達せず、現実的な解決法を模索する内容になっていないと思うんです。
そもそも、私は差別はあっていいと思っています。もちろんすべてというわけではありませんが、人間である以上差別する・されるの状況からは抜け出せません。言い換えれば人間は差別する動物なのだから、「差別するな!」と言うのは「何も食べるな!」と言ってるのと同じです。「トマトは好きだけどピーマンは嫌い」という好き嫌いは、できれば無くしたほうがいいけど、やっぱり嫌いなものは嫌いなんです。その感情をわざわざ否定する必要なんてない。むしろ就職なんかは学歴や人間性を見て選りすぐることで、会社にプラスになるようにしているのですから。
日本の人権教育では例えば「なぜ障害者差別が起こるのか→自分たちが障害者を偏見しているからだ→これからは偏見しないようにしよう」と、ここまでで終わってしまいます。でも、実質個人だけの力で社会問題が解決するわけがないし、上記の内容が当てはまるのであれば、大きな進展はまったくありません。
私なら、「なぜ障害者差別が起こるのか→自分たちが障害者を偏見しているからだ→どうして偏見を持ってしまうのか→そういえば障害者に出会うと、慣れていないせいか怯えてしまってどうすればいいのか分からなくなる→障害者と接する機会があまりない→もっと健常者と障害者がふれあえるような社会づくりが必要→具体的な方法」というふうに考えます。

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emi********さん

2009/7/1218:34:15

あなたは、差別はあっていいと思われるということは、あなた自身が差別を受ける人間になってもよいというふうに、解釈していいのでしょうか。それだけの覚悟があると言われるなら何も申し上げることはありません。どうぞ、差別されている人たちの中に進んで入って、一緒に差別を受けてください。

もし、そこまでの覚悟がなくて第3者的な立場でいっておられるのであれば、あなたは差別がどういうものかわかっていないと世間から非難を浴びるでしょう。
差別されることがどんなに大変なことかわからなければ、やはり差別されている人たちと一緒に生活をして、「体験学習」をしてください。

「差別」は「障害者差別」だけではありません。「部落差別」「人種差別」「男女差別」「学歴による差別」「思想差別」など多種多様にわたっています。だから、そう簡単にこうすれば差別がなくなるというような簡単なものではないのです。
ですが、差別は決して許されるものではありません。差別される人の立場に立って考えてもらいたいものだと思っています。

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kag********さん

2009/7/504:06:57

私は道徳が一番苦痛な授業でした。
私は生まれつき体が不自由で上手く歩くことができません。
小学生のころからずっと酷いイジメを受けていました。
私を差別の目でみんな見てくるので心が痛みます。

ふーん(・へ・)←おれ

zac********さん

2009/7/503:56:04

小中学校の道徳の時間というのは、別に道徳意識をみんなが持つようにするのが目的ではなくて
どれだけ持ってもいない人権意識、道徳意識を持っているようにアピールできるかを練習する授業です。
本音と建前を使い分ける練習をする、重要な授業であると思います。

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