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2023/11/25 12:48

88回答

江戸時代は混浴が普通だったそうですが、女性は男性に体を見られて嫌ではなかったんですか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答者の皆様ありがとうございました。

お礼日時:2023/12/26 0:00

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基本が混浴でしたからね。それが当時の常識です。 何百年か後、仮に手袋をするのが主流になる時代が来たら、その世代に「2020年頃の女性は素手で歩いて異性に見られて嫌では無かったんですか?」って思われてるかもしれません。でも今のあなたは何も感じていないでしょう? そんなもんなんですよ。 反対に江戸時代の人からは「300年後の女性は髪を結わずにざんばら髪で歩いてて恥ずかしくないのかしら?」って思われてると思いますよ。

普通に嫌だったと思いますよ でも混浴の湯屋しか無かったから仕方なく開き直っていたのだと思います

当時は混浴が普通(というか男女分けて浴室を作ると燃料が多く必要なので難しかった)でした。 これは幕末に日本にやってきた外国人が多く驚いています(ただし西欧では日本のように風呂に入るという習慣がほぼないので複数の男女が裸で一か所にいるという条件がなかった)。 ただ明治維新後に西欧の価値観が入ってくる+湯沸かしの燃料にガスや油を使うようになり男女別浴室が可能になったことで混浴はほぼ一掃されました。

子供の頃からそれが普通だと思って育っていれば、嫌だと思わないのでは? 昭和の後半くらいでも、お母さんが子供におっぱいを飲ませているとか、海辺の漁村で海女さんが上半身裸とかがまだまだありましたから、それが普通だと本人も周りも思っていれば違和感がないのではないでしょうか。

江戸時代の初期は全国的に混浴でした。 混浴といっても、湯船は暗く洗い場は湯気モウモウで人の形がやっと識別できるくらいだったそうです。 寛政3年(1791年)に硬派の執政・松平定信がこれを禁じ、男湯と女湯が分けられました。 そのとき、男湯の2階に女湯をのぞける格子窓を備えた銭湯が流行ったそうです。 その後、また混浴が復活してきましたが、天保12年(1841年)に再び硬派の水野忠邦により禁じられています。 が、やっぱり懲りずに混浴となり、明治2年(1869年)の新政府の取り締まりで根絶となりました。 江戸以外の地方では、禁令が行き届かず混浴が続いていました。