とにもかくにもケチをつけたいという回答者は多くいるが、とにもかくにも褒めてやろうって回答者はいないようですが、なんでなんですかね。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

今回の質問、回答数といい、閲覧数といい、非常にみなさんの関心が高いテーマだと思いました。 褒め方の見本を示してくださったという点で、敢えて褒め殺しの目に遭いながらも、自己犠牲の精神から、こちらをBAとすることに決定いたしました。 木に登ることを敢えてして差し上げようと。 その方が、この方も回答し甲斐ああったと喜んでくれるはずです。 他にも、皆さんのいい回答盛りだくさんでした。 ぜひ閲覧を。

お礼日時:2023/12/5 21:51

その他の回答(15件)

ケチと批判は違うと思いますが、批判的・懐疑的スタンスを持つことの方が難しいです。常にこういうスタンスで物事を見れている人が、やはり新しいものを見出していく人だと思います。 人間、どちらかというと環境とか習慣に侵されて、鵜呑みにするパターンが多いです。これを抜け出すのが物凄く大変です。どこの社会にもあると思いますが、老害がいつまでも昔のやり方にこだわる、新しいやり方に変化することを嫌がる。小さいコミュニティでさえ往々にしてあると思います。 ここでの批判や懐疑とは自分にも向けなければならないものです。自分のこれまでの習慣や考え方を批判的・懐疑的に見ることができる人間なんてそうそういないと思いますよ。 ケチというと価値観によって文句言っているだけのようなイメージですから、己の価値観の強要だったり、他者にケチをつけることでストレスでも晴れるのでしょう。まぁ放っておくのが一番です。 あくまで私が言っている批判・懐疑とは「思考」の話ですね。こういう批判・懐疑的スタンスを取っている人だと、褒めてもらったり同意してもらうことの方がつまらないです。むしろ、その思考に埋没してしまう恐れがある、埋没してしまうと、習慣として身に付き、何か変化が起こった際に対応しにくくなる。思考においては、如何に批判してもらうか、懐疑的要素を教えてもらうか、が重要で、賞賛や同意はいらないと、個人的には思いますね。 知恵袋も他人から知恵をご教授頂く、拝借する、または議論するってことがメインでしょうから、批判・懐疑的スタンスの方が面白くなると思いますけどね。 哲学もそうです。哲学者が言っていることを「賞賛・同意」では議論にならない。 もちろん、これが仕事の楽しさを教えることが目的だとか、部活の楽しさを教えることが目的だとか、達成感を憶えさせるため、承認欲求を満たすためとかなら、賞賛・同意は有効的だと思います。

褒めるの反対語は貶すね。つまりケチをつけるとほぼ同意味。 今回は、この褒めるとケチをつけるがテーマの質問でした。 批判というのはまた別で、批判の反対語は、承認とか肯定、または賛同だと思うのです。ですからあなたは今回、まったくテーマに逸れた回答を寄せてくださったことになると思います。 でも、あえてあなたがこの回答で言われたテーマに沿って一言いうなら、健全なる批判、これは仰ったように、とても大事なことだし、語れたことにほぼ全面的に賛成であります。

褒めて育てるというのはいつもそばにいて信頼関係のある間柄だからこそ有効なのであって、この知恵袋の様な何処の馬の骨とも知らぬ奴に通用するものではありません。 下手に褒めて図に乗ってしまい良からぬ方向に行ったらどうするんですか? 褒めた方も「媚びている」と思われて信頼を失う。特にこのカテは私も含めて未熟者が多いんだから、褒めるより厳しく指摘する方が結果が良くなるのです。うるさい大人が居た方が世の中にとっては望ましいのです。

女を口説くには褒め倒すのがコツです。

私の友人が言ったことは、女の愚痴を黙って2時間聴いてあげることができれば、嫌でもモテるとのことでした。