サマタ禅定とヴィパッサナー禅定 http://shingekkansati.com/honyakushiriizu/konjyoudeno/satoriwo4.html ↑の記事を見て、

補足

ついでにその、ヴィパッサナー禅定の1〜4禅を得るまでの純観行を人によっては、それはヴィパッサナー瞑想ではなくサマタ瞑想の段階だと解釈してるのもしれませんね。

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ヴィパッサナー四禅は造語でしょうか。 禅は経だと四禅、論だと五禅です。 定義に当てはめて考えてください。 あるいは界の概念も併せて考えればわかりますが、愛欲と悪を捨てているということは心の状態は色界の状態に相当します。 禅定に入るということは心は梵天相当だということです。 だから、一般的に相当難しいということになります。

その他の回答(1件)

私は四禅で預流、不還で十遍八禅定をやり、阿羅漢果に達しました。 ですので、私は純観行者のことはよく分かりませんが、経典には釈尊在世時に倶解脱より慧解脱阿羅漢の方が多かったと書かれています。 今のマハーシ派は基本的に禅定をやりませんし、それで解脱者が多く出ているのは有名な話で、結局近行定だけでもいいのと思います。 ただ私としては、天界や地獄や前世や未来は四禅以上でないと見えないので、四禅まであった方が仏教の知識は深まると思います。 ヴィパッサナー四禅というのは私は聞いたことがありませんし、体験したこともありません。 九観智とか十六観智というのは苦痛の道で安楽を感じるものではないので、これは無視したほうがいいと思います。 私は四阿含も読みましたが、四阿含にも含まれていないと思います。