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孝明天皇には、後鳥羽上皇や後醍醐天皇のように武家から政権奪取をするという気持...

tek********さん

2009/12/1521:45:14

孝明天皇には、後鳥羽上皇や後醍醐天皇のように武家から政権奪取をするという気持ちは無かったのか。

倒幕という過激な思想は持っていなかったのでしょうか。
また、保守的公家層の考えはどうだったでしょうか。

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mas********さん

2009/12/1521:50:15

孝明天皇は佐幕で大の異人嫌い。思想は攘夷鎖国思想です。
帝は幕府、京都守護職会津藩に絶大な信頼を寄せていました。
上位の公卿たちも基本、親幕府です。代表例では中川宮とか。
岩倉など中下級の貧乏公卿が騒いで、それが総論になったのですいつの間にか。

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編集あり2009/12/1609:01:52

後鳥羽上皇や後醍醐天皇は、権力闘争に生きた方々です。武家からの政権奪取という行為も実は、天皇の座をめぐる皇室内でのいざこざをきっかけとして発生しています。武力をもった武家を手足して使って天皇の地位を己の子孫にという権力欲がそもそもの発端です。その手足に寝首をかかれたから、倒幕に走る訳です。

しかし、孝明天皇の時代、武家と公家の力関係は室町以降、武家>公家で固定化されてますし。武家にはいざこざがありましたが、少なくとも皇室自体は安定しています。あえて波風を立てようという気はなかったと思いますよ。

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