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臨死体験について

yuu********さん

2010/2/721:10:36

臨死体験について

臨死体験についてみなさんはどうおもいますか?
また信じますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

cec********さん

2010/2/900:02:12

臨死体験はいわゆる心霊体験の中では最も高い証拠性があります。


それは臨死体験の主要な構成要素である体外離脱現象において体験者が見た情景や事実を事後に検証することが出来るためです。

※事後に事実関係を確認できた典型的体外離脱の事例
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1030394810

またその検証の際に事実関係を確かめる関係者は本人とはそれまで一面識もない医師や看護師であって、本人の申告する特殊な物語にあえて社会的地位や信用を賭して荷担する理由も動機もない人達であり、同時に医療の専門家なので本人の状態が単なる意識不明か一時的であっても臨死状態に陥っていたのかを見極めるだけの知識と経験があります。

しかもリアルタイムに心拍、呼吸、血圧、体温、血中酸素濃度、脳波などの生体情報や投薬された薬物名や投薬量が記載されたカルテがその専門家によって書かれていて単なる主観的証言だけでなく、文書による、そして医療機器の客観的データによる事後の裏付けが出来るのです。

つまり信用できる客観的証言者と医学に基づく客観的データが存在するのです。

また臨死体験を臨床的に研究している研究者には現役の臨床医が多く、この問題の研究者として最適です。

しかも臨死体験の最も優れた研究者の当初の研究動機や予想は臨死体験が“単なる記憶に基づく幻想である”あるいは“脳に予め遺伝的にプログラムされている機能である”と考えていた懐疑的立場であり、最初から臨死体験を超常的現象だとは思っていなかったというより、むしろ医学という伝統的唯物論に従った否定的立場でした。

例えば心臓病専門医であるマイケル・B・セイボムはたまたま知人の依頼で臨死体験者を自分の患者から探すことになりましたが、それまでのキャリアでただの一人もその様な体験を患者から聞いたことがなかったので、その様な患者が見つかること自体懐疑的でした。

ところがインタビューを始めて僅か3人目で典型的な臨死体験をした、しかもその誠実さを疑う余地の無い患者に出会うことになります。

その当時の彼は「(私の予測通り)そのような体験をした患者がいなかったとしても少なくとも本当に聞いてみたとはいえる」と思いつつ、単なる義務として協力したに過ぎません。

しかし、唯物論によって成り立っている医学教育を受けていて、それまでそのことを疑うことなく臨床医としての人生を歩んできたセイボム医師にとって、それだけで容易にその固定観念を捨て去ることは出来ませんでした。

彼の当初の臨死体験という現象に対する理論モデルはそれまでにテレビドラマや本人自身が見たり聞いたりした医療知識を基にその記憶から体外離脱体験を作り出しているという脳内記憶説でした。

心臓専門医として救急蘇生法がどの様なものでその状況が見ている者にはどの様に見えるかを熟知していた彼は以下のように述べています。

「自分の蘇生場面を“見た”と称する患者が現れるのを手ぐすね引いて待ちかまえていた。
この様な患者が現れたら、通常、医療関係者以外には知り得ない事柄について事細かに聞いてみるつもりでいた。
要するに、熟練した心臓病専門医としての自分の経験と救命処置に関するカルテの記述とを、専門でない人間が“見た”と称するものとぶつけてみようと思っていたのである。
そうすれば明かな食い違いが見つかり、“視覚的”な視察内容が単なる“知識に基づく推測”に成り下がるはずだと考えていたわけである。」(『「あの世」からの帰還』p.146)

そこで彼は自分の心肺蘇生の場面を“見た”と称する患者32名とインタビューし、一方対照群として体外離脱体験はしていないが冠状動脈疾患集中治療病棟にある期間入院し、様々な医療行為を体験し、あるいは手術機器を間近で目撃したことのある、事前にある程度の医療知識のあった患者25名を選び出して、それぞれのグループに自分の受けた心肺蘇生措置を説明させました。

その結果当初の彼の思惑とは異なり臨死体験者のグループでは心肺蘇生法の手順の説明で明かな大きな間違いを犯した患者は一人もいなかったのに対して、あらかじめある程度の医療知識があった対照群ではその知識に基づく蘇生法の説明に20名の患者が明かな大きな誤りを犯し、2名は全く想像できないと答え、“部分的に”正確な説明が出来たのは僅かに3名だけでした。

この他にも先に挙げた回答の中でも述べている様に臨死体験は精神病理学、心理学、薬学、大脳生理学など様々な角度から検証を加えられていますが、そのいずれの主張も単に表面的に類似性があるだけで、しかも臨死体験の要素総てを説明できる脳内現象説は一つもありません。

※臨死体験が実体験であることを論理的に証明可能であることについて
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1335166243

以上のように臨死体験は実体験であると信じるに足る十分な根拠が存在します。

質問した人からのコメント

2010/2/14 09:59:18

笑う ありがとうございます!!

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liu********さん

2010/2/901:36:10

単なる夢ですね。面白いのは、その内容がお国柄によって違う事です。

昔、ビートたけしがバイク事故を起こした時、倒れたバイクの横にグチャグチャの顔をした、中身のないぬいぐるみみたいな自分が倒れていたんですって。「俺はこれからこんなのを着て生きていかなきゃならないのか。でも、これが自分なら仕方ないな。」と思って、ぬいぐるみを着た瞬間、病院で昏睡状態から目が覚めたそうです。

プロレス団体「みちのくプロレス」の覆面レスラーのサスケ(現・岩手県議会議員)が、場外でコンクリートの床に頭から叩きつけられた瞬間、幽体離脱をしたそうです。倒れている自分の周りに人が集まっているのを、自分が上から見ている。どんどん会場の天井まで上っていくと、そこは白い霧に包まれていたので、「これはやばい」と思って急いで下に戻った瞬間、病院で昏睡状態から目が覚めたそうです。

他に例を挙げれば枚挙に遑が無いですが、昏睡状態でも脳は耳からの情報等によって自分の体が生命の危険に晒されている事を認識しているので、死に関連した夢をみるのでしょう。
第一、死後の世界観なんて、元は古代ペルシアの宗教家ゾロアスターが考え出したお話で、それがキリスト教や仏教に波及しただけだし。

joy********さん

2010/2/721:48:01

死に際すると、普段の生活の快楽では比較できないような量の、快楽物質が脳内に出され、心地よく死んで往かれるようにする体の現象です。よって、この世とは思えない素晴らしい感覚やイメージにつつまれ、もうこの世に戻りたくないと思わせるようです。という脳内現象説が、9割方有力でないかと思います。本当は、霊界に召されて行くと信じたいのですが。

red********さん

2010/2/721:13:04

臨死体験をした人がそういう経験をしたということは信じます。

ただ、それは「人は見たいものを見る」という原則に従って、聞いたことがあるもの、想像していたもの、記憶の隅に残っていたものを映像化して見ただけだと思っています。

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