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ヒトラーとナポレオン

fry********さん

2010/2/2222:52:28

ヒトラーとナポレオン

ヒトラーファンは、世界中からフルボッコの対象になりますが、ナポレオンファンは、別に批判を受けたりしませんよね。

なぜ?

双方とも、やった悪行・侵略・虐殺・破壊は、五十歩百歩なのにねえ・・・・・。

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aom********さん

編集あり2010/2/2516:16:34

要因としては、時代背景と業績の二つが考えられます。

まずヒトラーとナポレオンとでは生きた時代が違います。

ナポレオンは多くの戦争をしましたが、彼が台頭した革命戦争は諸外国が仕掛けたものや、革命政府が拡大させたものです。彼自身が戦争を仕掛けたのは、スペイン遠征、ロシア遠征、1815年戦役などで、全体から見れば実は小数なのです。
一方のヒトラーは、第二次大戦を勃発させました。
また、ナポレオンの時代は、戦争は外交の一手段でしたが、ヒトラーが政権掌握時は戦争は、パリ不戦条約によって外交手段とすることを禁じられていました。
昔は決闘は合法だったが、今はたとえ双方の合意に基づいてやっても罪に問われるのと、論理としてはそう違いはありません。

また悪行について、ヒトラーは政権掌握後も長いナイフの夜事件も含めて多くのテロ行為を行って政敵を抹殺していますが、ナポレオンはゼロではないですが、ヒトラーに比べてほぼないと言えるほどです。
歴史的業績としても、ナポレオンが形として残した法典にある自由や平等、基本的人権といった思想は今日的な価値観ですが、ヒトラーの人種差別思想は、それとはやはり真逆なのは否定できません。

そして、ナポレオンは確かにフランス至上主義者ではありましたが、フランス人というものを血統で選別したり、一部の社会少数派を弾圧するようなことはしませんでした。
また虐殺と言われるものは、あくまで戦争手段の過程によって生じたものばかりです。無抵抗の人間を、気に入らない人種だからと殺戮したわけではありません。
一方のヒトラーのユダヤ人虐殺や差別は、ユダヤ人が単位として武装蜂起したり、軍事的脅威となったことはありません。あくまでそういう国家や集団をユダヤ人が裏で糸を引いていると、ヒトラーが思い込んでいただけです。また、ドイツ在住のユダヤ人は、よきドイツ人であろうとその社会で生きている人が大勢いました。
そういう人から、ただそういう人種というだけで、財産と自由と基本的な人権を奪い、殺戮したのは、戦場や戦争で生じる過程の残酷さとは別次元のものではないでしょうか?

二人の境遇や軌跡は似ていなくはありませんが、似て非なるものでしょう。
個人の好みはさておいて、今日的な啓蒙思想に基づく価値観からすれば、五十歩百歩ではないはずです。

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ベストアンサー以外の回答

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whi********さん

2010/2/2310:02:53

私も高校生の頃は非常に悩みました。教科書にも本にもなかなか書いていない。
そしてあなたの着眼点は素晴らしいと思います。

私なりの結論(推論)から言うと
世界の中心がオランダ→イギリス→アメリカと移動しても(酒、映画、哲学、ファッション他)文芸の最高峰としてのフランスが君臨する限り
フランスにとっての善が正しくフランスにとっての悪が悪い、ということになるような気がします。

例えば
ジャンヌダルクは「フランスに勝利を」と戦いました。
しかしこの発想はキリスト教的(習合的)ラテン語圏ヨーロッパとは程遠いものです。
イギリスが征服してしまっても、逆にイギリスとオルレアンとブルゴーニュが分裂してしまっても
いいのに、いきなり15世紀に「それはダメ!」となったわけです。国王シャルルですら統一フランスをイメージできなかったのに。

つまり、「フランスが勝たないと歴史が叙述されない」ようなイメージがあるのです。
この理念を借用しているのがアメリカですがアメリカは国民性により本来一貫した外交戦略を持ち合わせていないので難しいようです。

この仮説に基づけばフランスを拡大したナポレオンは善でフランスを征服したヒトラーは悪だというのはシンプルです。
寧ろヒトラーは何に戦いを挑んだかと言えばこのフランス中心主観(と結果としてのベルサイユ体制)の破壊と新しいドイツ中心史観の確立であり、
見事に鮮やかに打ち砕かれた訳です。

フランスにとっての並びうる真の脅威は実は植民地活動によっても一時の征服によっても文化を西洋化できなかった日本なのです
(インドや中国はそれより偉大な文化を持っていたが国家戦略の誤りにより西洋化されてしまい今は回復の途上にある)。

ちなみに私は借り物ばかりのフランスよりルーツとしてのイタリアの方が好きです。悪しからず。
長文失礼しました。

fj1********さん

2010/2/2300:16:35

国際政治の冷静な観察者なら、ナポレオンもヒトラーも同じように国際システムを破壊しようとした「犯罪者」であることは間違いありません。つまりは勢力均衡をぶっ壊して帝国を打ち立てようとした人物という意味では共通点があるということです。

ただ、両者の歴史的な評価がなぜ正反対なのかというと、それは両者が広めようとした思想と、戦後の秩序の性格に起因しています。つまり、ナポレオンは自由・博愛・平等のフランス革命の余波を受けて欧州全域に市民革命や国民国家の理想を拡大するために侵略戦争に着手した訳ですが、これは諸外国の連合で倒されて戦後に復古王政擁護の形をとるウィーン体制が成立しました。それがこのまま継続していればナポレオンの評価も悪いままだったのでしょうが、1831年そして1848年の革命を通じて結局は欧州全域に市民革命と国民国家の思想が広がってしまい、フランスでもナポレオンの甥が大統領になってやがては皇帝になるなど(ナポレオン三世)、戦後の評価が逆転してしまったのです。ウィーン体制は最終的にクリミア戦争の勃発で終止符を打たれますが、このように市民革命・国民国家の思想の拡大と戦後秩序の崩壊が起こったことがナポレオンの評価の転換に繋がったといえます。

ヒトラーの場合、ヒトラーを倒して形成された戦後秩序(国際連合の秩序)は現在でも基本的に維持されています。しかも、ナポレオンが広めた市民革命や国民国家形成の思想とは違い、ヒトラーが広めようとしたのはアーリア人種至上主義的な優生学に基づく差別思想でしたから、その思想を他国が受け入れてこれを高く評価するということは未来永劫、起こりそうにもありません。また、ヒトラーはナポレオンと違って戦争行為ばかりでなく、ユダヤ人虐殺という非人道的行為も行っています。こうした違いから、ナポレオンとヒトラーの評価には明らかな違いが生まれてくる訳です。

hai********さん

2010/2/2223:24:52

思います^^

丁度最近、池田理代子の 【エロイカ―栄光のナポレオン】 を読みましたが、私はヒトラーとナポレオンは本当によく似てると思います。

出身も生い立ちもあまり優れているとは言えず、、、でも飛び抜けた【才能】と【野心】を持ち、国民の絶大な支持のもとで独裁者・皇帝にまで上り詰め、軍隊と戦争によって国家を強大化し、やがては破滅させた戦争家…。

ただヒトラーとナポレオンの大きな違いって、生まれながらの軍人か否か、ってところですね。
ヒトラーは政治家になるべきだった ⇒ でも実際は軍人にもなってしまった
ナポレオンは軍人に留まるべきだった ⇒ でも実際は政治家にもなってしまった。

国の元首として政治をやりながら、軍隊の指揮もするなんて、やっぱり無茶ですよねぇ。。
中世ならしょうがないでしょうけど、19~20世紀にそれは…。

あと、ヒトラーは自殺直前まで誰とも結婚しなかった一途(?)な男でしたが、対するナポレオンは不倫も隠し子も普通に作ってますね。

いずれにせよ、二人ともヨーロッパ全土を巻き込んだ大戦争の中心人物だった事は間違いありません。

なのにヒトラーばかりがやたら叩かれるのは、今の世界にまだまだ第二次世界大戦の傷跡が残っているからでしょうね。
第二次大戦後に再びヨーロッパで新たな戦争が何度か起こっていれば、ヒトラーの記憶も幾らか薄れてしまったでしょう。

逆にナポレオンは、失脚後は暫くクソミソに言われたでしょうが、彼の失脚でヨーロッパが完全に平和になった訳ではないですし、その後の列強国との植民地争奪戦や、第一次・第二次世界大戦などのせいで、時と共に徐々に悪い評判が薄れたのでしょうね。

なので今後、時間と共に世界の歴史解釈が変わったり、新たな戦争による【悪人】が出現すれば、ヒトラーの【悪人】としての評判も、徐々に薄れたり、伝説化したりするでしょうね。

『ドイツの名を世界に轟かせた【英雄】、アドルフ・ヒトラー』

なんて言われる日が来るかもしれないですね。
現に、ナポレオンはそういう日が来たのですから。。。

戦争反対ッ>_<

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