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神様は銀河系、宇宙を地球を自然をありとあらゆる生命を創られました。 神様は、...

lov********さん

2010/4/2216:24:26

神様は銀河系、宇宙を地球を自然をありとあらゆる生命を創られました。
神様は、誰も見たことがありませんが、はっきりと宇宙全体を覆っていられます。
各宗教は、そのたった一つの神様への中継代理店のようなもの。

神様は銀河系、宇宙を地球を自然をありとあらゆる生命を創られました。
神様は、誰も見たことがありませんが、はっきりと宇宙全体を覆っていられます。
各宗教は、そのたった一つの神様への中継代理店のようなもの。

イスラムもキリストも仏教も、(仏教に関しては、ブッタは人間なので哲学のようなものだと思っていますが)
極楽浄土も天国もじつは同じ場所で、仏教の葬儀で送られようが、キリスト教で送られようが、
行き着く神様はいっしょなように思ってしまいます。

イエスキリストは人間の肉体を使って、この世に神の愛を伝えた方。そして、今は父なる神の御許にいらっしゃる方。
ブッタにしても、神様に使わされてアジア地域を担当してやってきた。
そのほか、偶像崇拝系、カルト系以外の大きな宗教は、何を信じていても、

行き着く先は同じ神様で、
祈り方や、その国の文化的バックグラウンドで捉え方が違うだけ、
だから、宗教で争うのは意味がない。

という風に思ってしまいます。

人間は小さいのでわかりやすく宗教という形をとらないと、
大きすぎる神の愛が分かりにくい。
だから、なにかしらの宗教にはいって、その支店にて勉強する。


神を信仰していますが、そして、キリスト教的な、考え方に自分はなじみますが、
他の宗教が違う。とも思わないので、やはりクリスチャンにはなれないようで
葛藤しています。

自分は神をキリスト教のラインで信仰をすればいいのか、
勝手に、宇宙の神様と自分という関係でいればいいのか・・・。

なんともモヤモヤした質問で申し訳ありませんが、

この考えに対する、お読みになったかたからのご意見やアドバイスを
お願い致します。

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回答数:
6
お礼:
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ベストアンサーに選ばれた回答

ten********さん

編集あり2010/4/2218:50:23

その思いを信仰の心に込めればよいのではないでしょうか?

僕は信仰を持ってはいません。ですが信仰とは質問者さんのような思いが何より大事であると思うのです。信仰する事はとても良い事だと思います。世界中にいるありとあらゆる民族の人達が自らの思う神を信じその神の前で祈りを捧げている姿にはいつも感動させられます。日本でもお百度参りやお遍路さんなんてありますよね、見た事は無いのですがすごいですよね。中々出来ることではないですし何より思いの必死さが伝わってきます。

ですが宗教教学ばかりに陶酔して本来の宗教のあり方を見失ってしまう人間の心の脆さに注意を払う必要があります。仏教では悟りに至るまでに様々な崇高な真理を獲得するのですが、その事を智慧(ちえ)と呼びます。ですがこの智慧は実はとても甘く美しいものでこの智慧の美味しさに浸っているといつまでたっても悟れないと言うのです。おそらくブッダ自身も人間の知識欲に対する危険性を認識していたのでしょう。この知識を獲得するととたんに傲慢な態度をとってしまう人間の心と宗教における「私達の宗教の教えは素晴らしい!!あなた達の宗教はおかしい!!」という事が同じ物に見えてしょうがありません。多くの宗教間の争いはこの事に根付くものであると思います。

質問者さんがキリスト教に心惹かれているのであれば遠藤周作の『沈黙』や『深い河』という小説をお勧めします。どちらも信仰における人間の葛藤を描いた作品です。宗教の本質をずばり!と表現した文学作品の一つではないでしょうか。もしかしたらすでに読んでいるかもしれませんが。

良き人との出会い、良き信仰がある事を祈っています。

質問した人からのコメント

2010/4/25 21:11:48

今日礼拝で牧師と話をし、今後の勉強を一人ではなく、相談しながら進めていくことにしました。
ありがたいお言葉ありがとうございました。

他の皆様も、貴重なお時間を私のために遣っていただきましたこと、心より感謝もうしあげます。
一つ一つ、丁寧に読み返しさせていただきます。

ベストアンサー以外の回答

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sin********さん

編集あり2010/4/2515:25:28

あなた方の一人一人が大霊の一部であることを忘れてはいけません。あなた方一人一人が大霊の仕事、大霊の力、大霊の愛、大霊の知識に、その分に応じて貢献できるということです。例えば自分より力の劣る人を少しでも向上させてあげる上で貢献すれば、その分だけ大霊の力があなた方を通して顕現したことになるのです。

それをいかなる形でするか、相手が誰であるか、いずこの暗闇に光明をもたらすかは問題ではありません。挫折した人々を元気づけ、弱っている人々に力を与え、暗闇に光明をもたらし、飢えている人々に食べものを施し、身体を横たえる場所もない人々に休息場所を提供してあげればよいのです。

そうした仕事の一つ一つが大霊の仕事の一部なのです。その仕事に無心にたずさわっている時、それがあなた方の想像を超えた結果を生み出すように、背後に大きな力が引き寄せられて援助してくれます。

大霊が働きかけるのは教会や大聖堂や寺院だけではありません。霊力に反応する人がいれば、そこがどこであろうと大霊は誠意に燃えた高級界の霊団を派遣します。

地上の人間はとかく神の働き場所を限定して考え、特別な資格を持った人々を通してのみ働きかけるかに思いがちですが、地上界へつながる通路さえあれば、どこであろうと、いつであろうと、誰であろうと、その通路を使って働きかけます。

霊力には地上的な差別、階級や肩書き、社会的地位や肌の色、国家や民族の違いなどは関係ありません。その霊力に反応する人であれば、それが誰であろうと、そこがどこであろうと、高級界からの霊力を注ぎ、精神を明るく照らし出し、魂を鼓舞し、神のブドウ園の園丁として使用します。

どうかこの事をしっかりと学び、大霊のため、そして暗闇の中、重圧の下、人生の嵐の中で難儀している大霊の子等のためにという決意のもとに、彼等の重荷を少しでも軽くし、新たな希望、新たな知識、新たな光明、新たな力を届けてあげてください。それを授かった人は身体は新たなエネルギーに溢れ、精神は勇気に溢れ、霊は生気を取り戻して、大霊から授かっている資質の素晴らしさを満喫することになるでしょう。

かくして本当のサービスの喜び、自分自身には何も求めず、ひたすら他人の霊的向上のみを目的とするサービスの醍醐味を味わうことになります。

~シルバーバーチは語る (5章 絶対摂理の存在)~
http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/sb-teachings/index.htm

sai********さん

編集あり2010/4/2416:16:56

エドガー.ケイシーのリーディングより
まず自分を変えなさい。 内なるものに求めよ、答えは貴方の内にある。 奉仕をしなさい(親切)。 忍耐をしなさい。(愛のため、創造のため、赦し、理解のため) 汝は神の内にあり、神は汝の内にあり。 肉体は神の神殿であり教会である。
すべての力(神の)、能力は一の源に発する。あらゆる力、あらゆる威力を現しめる主を通じて、神の栄光は明らかにされるのである。
与えられた力が発達するか否かについては、これはそこで讃えられている者が誰であるかによる、それゆえ、多くの知識、力を持つ事が破壊につながる事もあるのだ。知識を使うときにもし、自己、自己の要求、自己の目的が、主と共に作られるならば、主を通じ多くの理解が生まれてこよう(255-11)
貴方は祈るべき時になぜ嘆くのですか。あなた自身の力はとても限られているのです。しかし、創造主の力は無限です。
霊性は創造主に由来しています。身体は地上で霊性が現れ、貴方の自我を守り、自我を用いる為の神殿なのです。ですから、貴方の生命と霊性を神のものとして大事にする限り、貴方はそこで自分自身の自己に没頭し、自らの栄光を謳歌し、又、貴方に生命と永遠とを授けた神の栄光を謳歌するのです。(2448-2)
正しい霊的な目的と願望を維持するのはもちろんの事、心的態度をも正しくまっすぐに保っておかなければ成りません。それと同様に、身体を何時も調和させ浄化しておかなければなりません。一番大事なことは,それら霊性、心、身体、を三つとも、同時に維持する事なのです。一つをあるやり方で、他の一つは別のやり方でと言うようにしてはなりません。身体的、心的、霊的に正しくありなさい。そうすれば、最良の状態になるでしょう。(5203-1)
まだまだ図書館が出来るほどあるようです。教会へいかずとも、、、、。なにを選択するかは貴方の自由ですが、、、、。エドガーケイシーは敬虔なキリスト教徒でしたが今はエドガーケイシーの信者がたくさんいるそうです。

abc********さん

2010/4/2322:20:13

神は試練しか与えません、与えられた試練を乗り切りながら、輪廻を繰り返し、太陽が消滅、宇宙の収縮、生命が全て無くなった時、神の試練を乗り切った魂だけが残ります、その魂が次のビックバーン、宇宙の誕生、生命の誕生で命が与えられます。

素晴らしい宗教観であると思います。
また、文面から推測して、あなたにはヒンドゥー教の理念が最もしっくりくるのではないかと愚察しました。
或いは、ヴェーダーンタ哲学なども一度触れてみてもよろしいのではないか、と思いました。
ユダヤ、キリスト、イスラムのセム系一神教に関しては、最終的に同じ神に行き着く、というのは実際に間違いないことですし、私も一宗教家として、神と自己の関係に於いては、質問者さんの言葉を借りれば、代理店を経由するのではなく、直接的な対話でなくてはならない、と考えています。

何を信仰しても行き着く神(宇宙)は同一、とすでにお考えなのであれば、信仰対象は現時点では深く考えられなくても問題ないかと思われますし、もう今の時点であなたは立派な宗教家としての資質を備えているように私には感じられました。
神を意志することを続ければ、自ずと道は開拓されます。
ご健闘をお祈りします。

gre********さん

2010/4/2217:15:18

ありとあらゆるもの(もちろん人間も)を、
創造して下さった神様を信仰されますように。

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