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レポートの考察…考え方がわかりません。

cho********さん

2010/4/3000:25:59

レポートの考察…考え方がわかりません。

読んでくださってありがとうございます。
私は医療系の大学の3年生です。
3年生になり実習が増え、レポートを毎週書く日々が続いているのですが
どうしてもレポートの考察だけが書けません。

目的原理、結果のまとめ方もよいと言われますが、一番大切な考察でいつも点数を落とされてしまいます。

先週も超音波検査の実習をして、血管の直径を計測しました。
結果は正常範囲内でレポートの考察に「直径○○㎜であるので正常である」と書いたところ、だから?と書かれ返却されました。
私は直径を文献と比較して正常であるという考えになりました。この「正常である」というのが考察ではないのですか??
考察の存在がよくわかりません。

また、心臓の拍動に合わせてグラフ??が動くパルスドプラー法とカラードプラー法を撮影した画像についても、考察が書けません。
画像を見て、何を考察しろというのでしょうか…
実習書どおりに行い、教科書のようなきれいな画像、結果を得ることができました。
考察とは、その結果から何がわかったか、なぜそうなったのかを書くことですよね?
「教科書通りになったのだからこの実習は成功である」
これしか思いつきません。

このままではこれから生きていく中で、絶対にやっていけないと危機感を覚えています。
結果から結論まで飛びすぎなのかとも考えましたがどういう考え方をすれば、掘り下げていけば考察がたくさん書けるのか、わかりません。


読みづらい文章ですが、自分の考えのどこがおかしいのか、どう直すべきなのか ご意見いただければうれしいです。
すみませんがよろしくお願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

oka********さん

2010/4/3000:47:29

考察・・・考えて察すること。です。

こう‐さつ【考察】カウ‥
物事を明らかにするためによく調べて考えること。(広辞苑より)

貴方が書いているのは、「考察」ではなく「比較検証」と言えますね。

失礼を承知で言えば、「自分で考える力」が乏しいと言うことです。

例えば、血管測定であれば、手順通りに行えば教本通りになるのは
当たり前のことです。 でないと困ったことになってしまいますよね。
一見小学生の感想みたいですが、
「超音波で測定できるのがすごいと思った」というほうがまだ考察と言えます。
さらに突っ込んで、「直接定規を当てるので似ないのにどうして正確に測れるのか?」
とか、「エラーのリスクはどんなことがあり得るだろうか?
それを回避するために考えられることは?」「この数値を絶対的な物として信用して良いのか?」
など、自分が感じた疑問を突っ込んでいくことも大事なところでしょう。

特に科学者や技術者にはこの視点が欠かせないのです。
測定器を盲信して重大なエラーを見逃すというのは良くやるミスの一つなんです。
レンジを変えてみたり、測定アプローチを変えてみたりして検証することも
大事なんですね。(同じ波形に見えても実はお城に騙されていたなんて言うのは、
電子技術では良くある話なんです)

心臓の鼓動画像2種を比べるというのが質問中にありますが、
これもやはり教本通りに教室という準備された環境でやれば綺麗に映るのは当たり前です。
でなきゃ機械の故障ですから。
これも先に書いたように、それぞれの長所と欠点を洗い出してみる。
もし違った結果が出たとしたら、それはなにが考えられるのか?

一つのきっかけで、多方面に考えが巡らせられるよう、
いろいろなことに興味を持って研究していくと良いと思います。
高度な科学者が時に陥るミスとして、「専門馬鹿」というのがあり、
これは専門分野は長けていても社会的に疑われてしまう人のことを指します。
常に多方面に目を向けていないと、得てしてこうなってしまうことが多いのが
技術者や科学者の性とも言えます。

質問した人からのコメント

2010/4/30 03:46:47

笑う たくさんの事を気付かせていただき、ありがとうございました!
答えてくださった方の意見を思い出しつつ、もう一度頑張って書いてみようと思います。
将来も形は違えどレポートを書くことが必要になる職業なので今のうちに習得しておきたいと思います!本当にありがとうございました!
takeuchiusedbookstoreさんは…まぁ…私そんな立派な人間ではないので…
あなたが全人類の役に立ってください。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

oiv********さん

2010/4/3002:29:18

>直径○○㎜であるので正常である
「正常」という結果は、データ(数値・文献)によって証明されています。なので、どこの誰が「直径○○㎜」という結果を出しても「正常」であることは変わりません。あなたの脳で考えずとも、自明のことなのです。あなたは調査してそのデータを利用し、結果を出したに過ぎません。これは「あなたによって行われた調査」であって、「あなたによって行われた考察」ではありません。

>考察とは、その結果から何がわかったか、なぜそうなったのかを書くことですよね?
それはそうなのですが、「何がわかったか、なぜそうなったのか」の解釈が、ちょっとズレているのかと思います。「成功である」はただの結果報告です。わかったこと、そうなったことではありません。

例えば、ほかの人の論文やレポートを読んでみればいいと思います。
必ず、「調査(実験・文献の引用)」とそれによって出た「結果」以外の「こと」が書いてあると思います。この「こと」の部分に注目してみてください。

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