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近衛文麿と東条英機、戦争責任が重いのはどちらですか?

naniwanokonanさん

2010/5/1810:04:13

近衛文麿と東条英機、戦争責任が重いのはどちらですか?

太平洋戦争を決定したのは東条内閣です。しかし、井上提督が言うようにさかのぼるとどどのつまり近衛内閣に原因がいきつくというのは正論だと思うのです。外相に松岡洋佑を起用しての三国同盟の締結、日中戦争の停戦の機会を逃し拡大したことなど。積極的に遂行したというより、世論や軍部に迎合したりして、火の粉をかぶってでも信念をつらぬいて国を導く強さがなく、政治的ミスを犯したというのが私の印象です。しかも、本人は、自分はそんなに悪くないと思ってたような観があります。いくら道徳的に悪い人でなくても、政治家は結果に対して重大な責任があると思うのです。あれだけの大惨事を招いてしまったのですから、極東軍事裁判に被告として召集が決定するもっと以前に自決したほうがよかったのではないですか?

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編集あり2010/5/2200:50:33

近衛と東条なら、近衛でしょうね。
というより、戦前の日本をおかしくしたナンバー1の総理大臣でしょう。

彼が総理に就任したときは、弱体短命な内閣が続いていたこともあり、国民はあたかも「曇りから快晴になったようだ」と拍手喝采でした。
また国内のあらゆる方面からも大歓迎されました(軍部、右翼、左翼、政党、官僚、元老重臣などなど)。
しかしこれは八方美人の彼の性格によるものであり、八方美人の人は何か政策を実行して憎まれたくない、ということにつながります。結局彼は政治家にもっとも重要な決断力がない人でした。

また日中戦争が始まった時点では彼は早期に終結の意図を持っていたようですが、思いつきで「国民政府は相手にしない」とやらかし、これで日中戦争は泥沼化してしまいました。

また軍部や親軍派の官僚や外交官に引きずられ、国家総動員法や日独伊三国同盟、仏印駐留などを実行させられるリーダーシップのなさ。
最後は東条陸軍は「海軍が反対するなら戦争を断念する」→海軍「総理が戦争しないといえばなんとかする」→近衛「外務大臣に判断してほしい」→外相「あなたが判断すべきです」とお互いなすり合いの上内閣を投げ出す無責任さ。

あの時代にこのような無能な人が総理になったのが国民の不幸でした。

東条は開戦はもはや避けられなかった状況まで追い込まれており、その点では責任はさほどでもないでしょう。
彼が責められるべきは、サイパン陥落でもはや勝敗は決したにも関わらず、戦争を辞めなかったことです。
「戦争を始めた者は命がけで戦争を終わらせないといけない」(by日露戦争時の児玉源太郎)だけの覚悟、能力はありませんでした。
彼の責任も大きいですが、近衛よりは軽いかな。

登場時は拍手喝さい、八方美人、思いつきで外交、実行力無し、リーダーシップ無し、決断力無し、無責任。
どこかの国にも似たような方が総理大臣やっていますね。
大丈夫かな。

質問した人からのコメント

2010/5/24 02:02:28

支持率が高いイコール良い政治家とは限らない典型的な政治家が近衛文麿だと思います

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wakuwaku_44さん

2010/5/1921:54:16

一連の流れからすると、近衛文麿と断言せざるを得ません。
「国民政府を対手とせず」と言明して、交渉の相手方を完全否定して盧溝橋事件の解決を遅らせ、日中戦争を泥沼にしてしまったことが対米戦争への出発点ですからね。

東條英機は、首相としての戦争犯罪は少ないと思います。むしろ関東軍の総参謀長や陸軍大臣として、現場や政府にあって戦争指導の中枢にいた重要人物です。1941年9月6日大綱や荻外荘における五相会議で、最も主戦論を張った人ですから、業績からみれば絞首刑は免れなかったように思いますが。

ちなみに、東條英機が首相になったころは、奇跡的に陸軍が仏印から撤退でもしない限り、対米戦争に突入していたことが確実なぐらいの情勢でしたので、「たまたま日米開戦時の首相だった」ということは言えるかと思います。

kumialphaさん

2010/5/1822:34:01

開戦をしたのは東條ですから敗戦責任は
東條です。

近衛も日支事変など重大な責任があります。

反対を許さない独裁政権で日本人同胞を300万人も
殺しておきながら戦争指導者として責任が無いということ
はあり得ません。

ajdmjg22365さん

2010/5/1818:58:01

責任はあると思いますが、自決する必要があるかは疑問があります。

戦争して失敗したら、首相が自決するという法律があって、それを納得して首相にならなければ、自決する必要はないと思います。


法律を守って戦争をしたならば、数百万人が戦死しても、責任は首相を辞めるだけで良いと思います。

結果としては、最悪ですが、法律を守り、日本にとって良いと考えた結果です。

kuva257さん

2010/5/1813:41:13

近衛さんに決まっています。
東条が総理につくころにはどうにもならないくらい
日本の選択肢は狭められていました。
どうしようもなくなったから東条に丸投げしてしまった印象です。

それに東条は軍人ですからあれだけの日本兵の血を
流して獲得した中国から撤退するなんてことは
困難すぎます。

勿論、近衛さんの責任だけではありません。
満州事変から大きな流れがありますからね。
平時であれば人生をまっとうできた宰相だったでしょうが
乱世ではとてもじゃないが無理な器だったのです。

2010/5/1812:11:19

責任の所在を明確にするのならコーデル・ハルら
米国人も同時に考えてください。
私は近衛文麿も東條英機もこの戦争では責任が低いと考えます。
日本人に責任があるとすれば関東軍の面々と松岡洋佑ぐらいでしょう。

東條の戦陣訓によって降伏が禁じられたことには大きな責任が
ありますが、それは別の問題です。

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