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敵の打ち太刀は 影さへなかりけり 我が稲妻の光満寿ゆへ 初心者ですみません。...

sai********さん

2010/5/2408:04:23

敵の打ち太刀は 影さへなかりけり 我が稲妻の光満寿ゆへ

初心者ですみません。杖道の本を読んでいるのですが、この伝書の歌の意味がよくわかりません。敵の攻撃は影さえもなく、、、その後は?教えていただけると助か

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ya1********さん

2010/5/2414:51:18

我が電光石火の攻撃に、敵の太刀捌きは見る影もなかった―という大意ではないでしょうか。

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1〜1件/1件中

hat********さん

2010/5/3012:07:46

これは、太刀と杖術の試合の様子を読んだものではありません。神道夢想流杖術の流祖夢想権之助が、柔術の剣術に対する優位を願って、というより信じて読んだ歌です。

夢想権之助は、自ら発展させた杖術について次のようなことを言っています。
「我が国においては剣術のみが武術であるとの考えが主流になっている。しかし、人を殺さぬことを真理とする杖こそが武術の大本となるべきだ。その昔、天地開闢にあたって、イザナギ、イザナミの尊が「天の矛」で大海原をかきまぜ、日本列島を創ったが、この「天の矛」こそが棒(杖)であり神国日本の武を代表するものだ。」
「剣をもって人を殺すことが武の本来の道ではない。棒を持つ者は、人を殺さず任を果たし万事を得ることが出来る様にすべきである。」

意味は、「今までは剣術が主流だった。しかし、私の稲妻の光(杖術の技のさえ、評判・名声)が、輝きを増すので、剣術の太刀打ちも見る影がなくなってきている。」です。下の句は、「我が稲妻の光増すゆえ」ですから、試合の様子と見ることはできません。「杖術の輝き(名声)が、いよいよ増してきているから、剣術は見る影もなくなっている」と解釈すべきでしょう。

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