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ハゲを笑う感覚… この哲学カテでは笑いについてどんな考え方をする人がい...

ban********さん

2010/10/608:48:30

ハゲを笑う感覚…




この哲学カテでは笑いについてどんな考え方をする人がいるのかなと思い、質問ですが…


TVのお笑いやトーク番組などを見ていると、昔から「ハゲ、薄毛」をネタにした笑いというものは目にします。

このハゲネタというのは日常にも、映画やマンガ等でも昔からありましたが、それなりに笑いが起こります。

誰かのカツラが取れたら笑うし、ハゲ頭が光を反射したりしたら笑うし、あいつはヅラじゃないか?というだけで盛り上がり、他にも色々なハゲネタはありますが少なからず笑いが起こる。



僕は子供の頃からそういうハゲのネタで笑う感覚が無いので、何故昔からハゲのネタは安定してウケるのかが分からないんです。


お笑い番組は好きだし、差別的な笑いも分からないではありません。落語や芝居の笑いも好きだし、楽しむことに対しての好奇心は強い方なのですが、長年そんなに変化が無いハゲネタで笑う感覚はイマイチ分からないんです。




ハゲを扱う事がどう面白いのかを言葉で説明したら面白さが冷めてしまうかもしれませんが、よければハゲネタの面白さを説明してくれたら勉強になります。

補足補足ですが…

1…このハゲで笑う感覚は今後いつまで存在すると思いますか?
あるいはその笑いの感覚が消えるのは何が起きたら消えると思いますか?

2…女性のハゲネタはそんなに笑いになりませんが(あるにはありますが)、どうすれば女のハゲネタでもウケると思いますか?


3…「髪の毛がないというのは異常事態」という回答がありますが、チョンマゲという文化はハゲとはまた違うのでしょうか?

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qwe********さん

編集あり2010/10/1102:03:44

おそらくあるべきものがない異常事態への戸惑いと配慮による緊張が笑いを引き起こしているんじゃないでしょうかね。
日本人は古来髪の毛には特別の感情を抱いてきましたし、遺髪などに見られるように髪の毛を本人と同一視する考え方も持っていました。そういう文化にあって髪の毛がないというのは異常事態なわけです。本人もかなり気にするし、気にしてることに触れちゃいけないと回りも気を使う。笑っちゃいけないと禁止されるとされるほど、禁止対象へ敏感に反応するようになる。笑ってはいけないから敏感に反応しているはずなのに、敏感だからこそ、ちょっとしたことでも笑いたくもなるというアンビバレンツな欲求が湧いてもきてしまうわけですね。
あの人はハゲだが本人も気にしてる、だからこちらがハゲを気にしてることを悟られてはいけない、でも、珍しいからじっくり見たい、ハゲをちら見する、本人に気付かれただろうか、気にしてないふりをしないといけない、でも目がやっぱりハゲにいく、という心理的攻防が緊張をもたらして、その緊張が笑うという形で解消されるんじゃないかなあと。
ハゲネタが笑いを引き起こせることがわかってくれば、当然笑いのネタとして定着してもいきますよね。そうすると今度は心理的攻防を体験する前からハゲは笑う対象として認知されて、ハゲが出てくると笑うというお約束が成立するのかもしれません。
もっとも自分も質問者さんと同じで、ハゲネタがおかしいという感覚がないです。これはたぶん小さい頃からお寺の知り合いが多かったせいかなと思います。ハゲた頭を見慣れてるんですね(笑)髪はあるべきものという前提がないし、ハゲてても異常事態というアラームが自分の中で鳴らないんだと思います。だから、ハゲがおかしくないんだろうなと個人的には理解しております(笑)

補足拝見しました。
1、ハゲネタがネタとして定着している限りは存在し続けるんじゃないでしょうかね。
笑いの感覚が消えるのは、ハゲはかっこいいと感じさせてくれるカリスマの登場でもあればあり得るかもしれません。価値観を一変させるほどのインパクトは必要だろうと思います。
2、髪は女性の命のような感覚は依然存在しますから、女性の場合、禿げるということは非常にリアルな悲劇であって、笑えないからネタにはなりにくいのでしょうね。女性の髪に対するこだわりがなくなった時に女性のハゲネタもあるいは一般化するかもしれません。
3、チョンマゲのハゲは兜をかぶる際の蒸れ防止で剃ったものなので、ハゲという感覚ではないと思います。
髪がないのは異常事態という感覚はむしろチョンマゲ時代の方がより深刻だったと思います。当時は髪型は身分によって決まっており、髷は一般社会の人間としての証でした。髷を結わない総髪スタイルや坊主頭というのはこうしたヒエラルキーから外れた存在と見なされていました。医者や僧侶、学者などは身分の高い人間とも身分差を考慮せずに接する必要があったため、坊主頭や総髪だったんですね。
だから、そういう職業でもないのに髪が薄くなって髷が結えなくなると、武士や力士などは現役引退することも実際にあったようですし、引退が嫌な場合はかつらを用いていました。当時、髪の毛のあるなしは生活を左右するほどの意味を持っていたわけです。
ハゲをネガティブに捉える感覚は、進退をも決めるほど髪が重要視されていた時代の名残ということになるだろうと思います。まさにこの時代、髪がないのは異常事態であり、それは精神的なものに留まらず、自らの役職や社会的地位を脅かすほどの異常であったということになりますね。

質問した人からのコメント

2010/10/12 17:17:36

降参 皆さん色々な回答ありがとうございました。

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pas********さん

2010/10/711:41:32

複合的な笑いでありましょう。ハゲが歩いていていても、ハゲをあらゆる意味で見たことが無い場合、おかしみは起きません。ハゲを見るだけで笑うのは、その背景にあるハゲの笑いを想起させるからです。ハゲはハゲに抵抗を感じており、ときに植毛するほどです。生まれつきのハゲでもないことがほとんどですし。それゆえにネタになりやすい。

明らかにヅラとかどうしても笑えてしまうわけですが、あれはファッションでしょう。いわば反体制のファッションですよ。笑えと言っているに違いない。ハゲを完全に肯定すればダサイファッションをしているだけのことなのです。笑う方が未熟であると。

ハゲの難しいところはハゲに触れないということはまたそれもハゲに対する偏見を持っているとみなされがちなところです。今日もテカってますね!というくらいでちょうど差別していないところにある。ある程度成熟したハゲであればそれは喜ばれます。未熟なハゲはバカにしているのか、と、赤くなります。

ハゲの笑いとはハゲがあまりにも多くを語りすぎるところにあるのではないでしょうか。

dor********さん

2010/10/623:16:24

子供のころは『ハゲ』ネタがとても好きでした。
塾の講師が薄毛だったのですが、テキストに「光る」だの「滑る」などという
単語が出てくるとことさら強調して朗読したものです。

現在ではあの頃どうしてあんなことで喜んでいたのか自分でも
理解できません。

今では「ハゲ」という言葉は禁句となり
当人の前では極力そのことに触れないようにします。
また、その場にその人がいなくてもその話題は出さないようにします。

慎み、思いやりの心が年齢と共に育まれたこともあhるでしょうが
それよりも、人間の価値がそのようなことでは図れないということが
経験によりわかってきているのだと思います。

xxx********さん

2010/10/613:28:10

子供のころの葬式の話しです。悲しみの空気で張りつめた中、お坊さんの読経が続いていました。そのとき急に、隣にいた当時二十歳前後の叔母さんが、ぐひぐひと動物的にあえぎながら肘で私を突いてきました。囁き声で、『ほ、ほら、kazuくん、くすくす、み、みてどらんよ、うひ、うひ、うひひ、あ、あの、あたま・・・』そう言って、数列前に座っていた男性を指しました。そのひとはモロに禿てるの人だったのですが、黒マジックできれいな七三分けを塗り込んでいるひとでした。神妙な顔でお坊さんのお経を聞いています。そのテカテカ光るシャープな襟足に、ボクラは涙を流しながらも、笑いをこらえるのに必死でした。

こんな、ハゲにまつわる面白話ってのは、多かれ少なかれ誰にもあると思うんです。そういう面白話があるので、笑いのスイッチが入りやすいんでしょうね。質問者さんの場合、タマタマこういう抱腹絶倒の面白話しがなかったのかなあ。

ハゲにまつわる笑いというのは、人間のもっとも悲しく、そして可笑しい間抜けっぷりといった性質が幾つも組合わさってると思うな。しかし、笑い話を書き言葉にすると、モロ、文才がでちゃうね。上に書いたことも、いま読んでみるとちっとも面白くないんですけど。

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rou********さん

編集あり2010/10/1103:18:56

幼い子供たちが、おちんちん、うん○、などという言葉を聞くとそれだけで笑ってしまう。触れてはいけない言葉、口に出してはいけない言葉として認識している故に、「言っちゃった、言っちゃった。」という恥ずかしさのような悪戯のような気分になる。言われたほうも、「あ、言っちゃった!○○ちゃん、言っちゃった!」という悪戯の共有感やある種の興奮を覚える。

そのような経験を積むことにより、言葉を聞いただけで笑いが起きるような条件反射のようなものが生じるのではなかろうか。
成長するにつれ、「性的な事柄に関わるタブー」、「単なる生殖器(または排泄物)の名称」という認識になり笑いの対象から外れる。一部の人の間では「下ネタ」として笑いや興味の対象であり続ける。

ハゲのような身体的特徴もまた、笑いの対象になる。幼児であれば顔の造作がとてつもなく不細工、身体障害者の動作なども笑いの的になることもある。身体的特徴を笑いの対象にすることもやがて減少するが、この中で「ハゲ」というものは必ずしもよろしくない事ではない。堂々と人前に晒して平気な人もいるし、ごく一部の人だけの特徴とするにはあまりにも多い。

ハゲの人が全員ハゲを気にしないで暮らしていれば、これほどの笑いの対象にならないかもしれない。苦労して横や後ろの髪の毛を伸ばし前頭部や頭頂部を覆うようにしたりしているが、これは他人から見ればなにやら見苦しくもある。たまに強風で長い髪がハラリと垂れ下がろうものならその様子は失笑に耐えない。
一昔前のカツラはカツラであることが一目瞭然であり、本人の隠そうという意図が半分以上無駄になっていた。これも前述の例に同じくカツラが落ちたりずれたりすれば笑いを呼び込む。

要約すれば、一つはハゲであること自体は何でもないことであるので話題に取り上げることに抵抗がない。もう一つはやたらに隠そうとする行為に笑いの要素がある。

ちなみに、私ハゲです。


補足を受けて
1 うーん、当分(数百年)は続くように感じます。
何が起きたら消えるか?
① 画期的育毛剤、もしくは最新毛根なんたらかんたらが発明されてハゲの人がいなくなったら。
② 倫理観が熟成し少しでも他人に痛みを与えるような行為が社会から消えてしまうとか。
③ 様々な禁句のような扱いになり、『毛髪に不自由なひと』とか言わなければならなくなれば。

2 女性のハゲネタは受けるのが難しい。女性芸人などで、「赤ちゃんのときにジイサンが落っことしてハゲた。」とかでかなり目立つハゲの持ち主であれば売りに出来そうですが。

3 チョンマゲはただのヘアスタイルだと思う。

ga_********さん

2010/10/609:48:35

真面目たらんとする姿とのズレ、もしくはそこに「滑稽さ」があるからだと思います。またその滑稽さを隠そうとする姿(ズラなど)が、その滑稽さに拍車をかけているのでは。堂々とショーン・コネリーのように禿げ頭がカッコ良くサマになっていれば誰も笑いません。

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