差別用語について。 最近、差別用語を設定する事に疑問を感じています。 「めくら」とか、「つんぼ」とか、今、そんな言葉で差別する人がいるのでしょうか? 禁止にした所で、次の差別用語ができるだけでは?

差別用語について。 最近、差別用語を設定する事に疑問を感じています。 「めくら」とか、「つんぼ」とか、今、そんな言葉で差別する人がいるのでしょうか? 禁止にした所で、次の差別用語ができるだけでは? 「知的障害者」と言う言葉が、最近「知障(ちしょう)」とか「池沼(ちしょう)」とか言われ差別的に発言されています。 これは禁止にならないのでしょうか? 「視覚障害者」「聴覚障害者」は差別用語にならないのでしょうか? 差別するつもりで使っている人が沢山いると思いますが。 後、老人はみんな害をなすからと「老害」と言われたりします。 これも、差別用語にならないのでしょうか? なったとしても、別の用語ができるだけでは?言葉狩りだと思うのですがみなさんどう思われますか?

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ベストアンサー

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言わんとされる方向には概ね賛成です。ある差別語を忌避するように仕向けても、新たな差別語を産み出す構造から免れません。 昔、ある公開イベントでのこと。パネリストが「…それで乞食のおじさんが…あ、禁止用語か…レゲエのおじさんがね…」と言い直してるのを聞き、なんじゃそりゃと思いました。レゲエに失礼だろ、と。意味のない言い換えだし、二次差別を広げています。 ただし、何の規制も設けないのが理想ではあるものの、現実にはそれは画餅。 例えてみれば、警察も罰則もない社会が理想だけど、実際になくせないのが人間社会。 言葉も然り。悪意を持って使う人間がおり、それによって傷付く方がいる(これ重要!!)以上、何らかの規制はかけ続けねばならないでしょう。変遷しながら。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

言葉狩りなのも差別がなくならないのもそう思っていますが、世間の皆さんはどう思っているのかと。結局、みんな同じ考えなんですね。どの回答も秀逸でしたのでBAは迷いました。

お礼日時:2010/11/22 0:23

その他の回答(5件)

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言葉狩りです。 差別用語は差別がなくならない限りなくならないですし、 差別は人間が複数いればどんな社会でも存在します。 みんな同じではなく、一人ひとりが違って当然だという考えを持てば、 差別自体は減るかも知れませんが。 差別用語で気分を悪くする人がいるのは確かですが、 それに気をとられすぎたら、 なにもしゃべれない社会になりそうですね。

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「知障(ちしょう)」とか「池沼(ちしょう)」を禁止するのは不可能だと思います。 それと、これだけは言っておきたいことがあります。 障害者の人でも差別はしますよ。2年間、障害者福祉で働いてましたが障害者同士で差別用語を使って差別しているとこひろを数回目撃しております。「池沼」「身障」とか平気で酷い言葉を使っている障害者はいました。もっと酷い人だと「隔離しておけ」とか「電車とかバスに池沼を乗せるな」こんな言葉を使って職員に訴えた障害者がいました。障害者の人も差別をしているとなると 益々差別の禁止は難しいと思いますが

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基本的に、ことば自体が差別用語なのではなく、どんな文脈で使われるかで差別表現かどうかが決まると思います。 新聞社や放送局内規で差別用語を規定して、その単語さえ避ければいいというのは本末転倒です。 絶対に避けてほしいのは、身体障害や精神障害を比喩表現に使うことです。 「めくら判」「つんぼ桟敷」「きちがいに刃物」などの表現は、それ自体が差別表現であるだけでなく、障害イコール人間的欠陥というまちがったイメージを再生産しますから。「恋は盲目」のような表現もきらいです。

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確かに言葉狩りだね。でも仕方無いよね差別が無くならないんだから。やっていい事と悪い事の区別がつかないんだから法律でがんじがらめにされても文句は言えないよね。効果が無いなら効果が出るまで狩り続けるだけ。 いい加減差別なんて自分で自分の首を絞めてるって事に気付いて。

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そもそも「差別用語」と言うモノ自体が存在しません。 差別する言葉を使うのは、自分の立ち位置を確定したいという気持ちから発生する言葉です。 人である以上、差別がなくなることはありません。 差別がなくなるということは、自分を何も見えない暗闇に放置する行為と同じだからです 人は誰かを蔑んだり、他人を評価する事で 自分の位置を知るのからです。 差別する事で、自分よりも下・劣るという位置関係の確認です 禁ずることは不可能です。