ここから本文です

将棋では長考に好手なしと言いますが、将棋以外でも(日常生活においても)、長考...

num********さん

2011/2/407:32:04

将棋では長考に好手なしと言いますが、将棋以外でも(日常生活においても)、長考した結論はイマイチな事が多いですか?具体的な場面で教えてください。

閲覧数:
1,438
回答数:
2

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

him********さん

2011/2/408:47:34

将棋でもそうかもしれませんが、日常生活における長考ってのは、考えてるよりも迷ってる時間の方が長いんじゃないかと思うので結果がイマイチなんだと思いますよ。
具体的な場面ってのは難しいですけど、企業でも会議ばっかりやってるところって業績伸びないでしょ。とにかくまずやってみて間違ってたら即修正、というスタンスの方が圧倒的に成果でてるんじゃないでしょうか。

質問した人からのコメント

2011/2/4 18:22:50

感謝 確かに迷っているというのはその通りかも知れないですね。会社の例はある意味納得です(笑)ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

2011/2/407:52:30

それは、簡単なことではないでしょうか。長考するということは、つまるところ、普段のパターンでは解けないほど複雑であるということですから、考えたところで解けないのだと思われます。それは、ある意味「日常すべて」と言ってもいいかもしれません。

将棋の世界では、脳科学的実験が行なわれていて、羽生さんなんかが協力的ですよね。羽生さんが、実際に将棋をしているときに、人間が考える部分、脳の前頭葉を使っていないということがわかっています。尾状帯でしたかね?(ごめんwどわすれw)を使っていますが、その部位は、日常的な習慣をコントロールしている部分です。つまり、彼は、考えて将棋を打っているわけではないということがわかるわけです。訓練を積み習慣化された行動を取っているわけです。

しかし、そうした習慣を生み出しているのは、当然、考えてきたからでしょう。つまり「考える」ということは、意外と実践では使えないのです。学校のテストなどが良い例かもしれませんが、たとえば数学の文章問題のような思考を要するものである場合、その場で考えているようでは、まずその問題を完答できないのではないでしょうか。(まあ、私はできませんがw)

受験などでもそうですが、短時間で難問を解く力を身につけるには、そもそも「問題のパターン」を覚えこんでいく必要があります。これを繰り返すことで、解けるようになるわけですが、実際に解けるようになっている状態とは、やっぱり考えているわけではないのでしょう。

羽生さんは、自分が長考しているのは、考えているわけではないと言っていますが、彼なりの見解では、どうやらあまりにも複雑な展開でやりようがないから、すこし時間を置いて相手に手を渡すかどうかを決めあぐねているというほうが、正しいようです。

実際、私自身は、コンピュータの設計&導入を行なう会社を経営しています。ですから、将棋の人工知能プログラムがどのようにできているのかは理解しています。私のようなシステム設計ができるタイプは、一般の人とはすこし違って、コンピュータの指し筋というのを理解しています。つまり、コンピュータ内部でどう計算され、どうデータベースから引き抜いてきた答えなのかを、理解できるわけです。しかし、実際に打っているときに「自分がそんな風に考えることができない」ということを、より深く理解することもできるようになるのです。

コンピュータにもちゃんと長考があります。いまどきのPCは速いですから、そうでもないですが、昔のPCだと、フリーズしているのか?というくらい考えていたものです。あれは、局面がとても複雑になると、それだけ可能性が物凄く膨らむので、計算量が膨大になっているのですが、結局、それは、どれを打っても大差ないような可能性が、膨大にあるということを意味しているのです。ですから、考えている長さに見合うだけの答えは決して出さないのです。

最近の人工知能が、なかなか強くなってきたのは、こうした局面に対して、別のプログラムを仕込むことに成功しているからです。以前は、もっとシンプルに、徹底して単純計算を繰り返していたのですが、今のプログラムは、単純計算量が膨大になりそうな時点で、それは複雑な局面であるという認識をさせて、別のプログラムに切り替えるようになっています。この部分が、かつて、なかなか出来なかったので、膨大に考えた割には、当たり障りのない駒が、隣に移るだけのようなアホらしい光景を見たものですが、現代のプログラムは、羽生さんの言っているように、考えることを停止させて、別の見方、つまり、その展開から「どう抜け出した過去の記譜があるのか」ということを計算して、そこから、どの方向へ抜け出せばいいのかということを考えるようになっており、単純計算から抜け出せるようになっています。

よくプロの方は、コンピュータ将棋というのは、生理的にとても打てないような駒の動きをすると言いますが、これはなかなか言いえています。これは、生理的な快適さ=習慣になるのですが、習慣的に行動することは、必ずしも合理的とは言えません。コンピュータは合理的にしか動かないので、あるとき、痛快に合理的な行動をやるのですが、それは、日常でもよくある「傍でみている人は、いつだって筋の通った客観的な意見を言うけれど、その人が、現実の場になったときにもそう考えられるわけではない」ということによく現れているわけです。

あわせて知りたい

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる