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『信義』というものが日本外交の最大の財産なんですか?

sla********さん

2011/3/2623:51:14

『信義』というものが日本外交の最大の財産なんですか?

書籍:日本人の本質
著者:中西 輝政


P102~105

日本は、単独講和をしないというこの約束を最後まで律義に守り抜いた。
その結果、日本は連合国と停戦するきっかけを失って最後までドイツと運命を共にし、無条件降伏を要求されるような状態になってしまったのである。
ところが、ドイツはスターリンと講和のための秘密交渉を1943年から44年まで何度も試みていたし、イギリスやアメリカとも単独講和しようとしていたのである。
イタリアに至っては、1943年に連合軍がシチリア島から上陸してくると、国内のドイツ軍にまで攻撃を加えてムッソリーニをリンチの末に殺害し、それでいわば『落とし前』をつけたとして、『自分たちもいまや連合国の一員だ』と言い張ったのである。
さすがにアメリカは認めなかったが。
日本は、そういう国々を同盟国にして、大東亜戦争ではあれだけ多大な犠牲を払うことになったのである。
個人的な話になるが、私も若いころは

『大東亜戦争で日本は単独不講和の約束を守るのに律義すぎた、日本もシンガポール陥落、あるいはミッドウェイ海戦の直前に連合国と条件交渉に踏み切っていたとしても、冷徹な国際政治の現実からすればけっして一方的に非難されることではなかったのではないか』

と考えることもあった。
また前述のところでは、松岡外相の進言を容れ

『日ソ中立条約を無視してでもドイツ軍と協力してソ連を攻撃しておけば、日本自身が南進する余裕はなくなり、東南アジアや太平洋で米英と衝突することはなかったし、共産主義のソ連を倒すのであるから対ソ侵攻の大義名分も成り立つだろう』

と考えたこともあった。
しかし、その後国際政治史とともに日本文明史の研究を重ねるうちに、昭和天皇が、日本的価値観の核心である『誠』というものに基づいた外交を通さねば国の基軸が立たなくなるとお考えになった、あの大きな判断によって、敗戦やその甚大な被害をも超えた、数百年という単位で我々が誇りとすべき日本史の記録というものが残されたのだと考えるようになった。
<中略>

日本が誇るべきものは、軍事力でも経済力でもない。
まさに、『信義』というものが日本外交の最大の財産である、と昭和天皇は、われわれに示されているのである。

補足>戦時中に「誠実さ」を理由にして講和を探らなかったり、ソ連を攻撃しなかったりしたなら、それは外交ではありません
↑ 納得です

連合国,国際政治,ドイツ軍,大東亜戦争,ムッソリーニ,誠実さ,ニコルソン

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mas********さん

2011/3/2706:09:21

外交において「誠実さ」を最高の技術とするのは、実は伝統的な立ち位置にあります。それは、相手を騙しても長い目で見れば、相手の反感を得てしまい、結局自分の利益にならないからです。元外交官のニコルソンや幣原はそう主張しています。

しかし、質問者が引用された内容は主に戦争中の話ですし、「誠実さ」の重要性は主に目下交渉中の相手に対するもので、共闘している同盟国を出し抜いて講和することを悪いとまでは言っていないでしょう。むしろ「誠実」と言っても外交ですから、その対価を期待しています。

しかし、戦時中に「誠実さ」を理由にして講和を探らなかったり、ソ連を攻撃しなかったりしたなら、それは外交ではありません。

質問した人からのコメント

2011/4/2 08:09:06

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