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江戸時代の人は平安時代の文章をごく自然に読めたのでしょうか?

hok********さん

2011/7/2215:21:25

江戸時代の人は平安時代の文章をごく自然に読めたのでしょうか?

古文というと一般に平安から江戸時代の文章を取り扱い、素人目には平安と江戸の文章は同じようにしかみえません(とはいえ江戸は会話文の中では割と言文が一致しているものも出てきます)が、実際のところはどうなのでしょうか。

鎌倉時代の鴨長明だか藤原定家だかが平安時代の文章がすでに読みにくくなった旨のことを言っていることを聞いたことがあったので質問してみました(でも記憶違いだったらすみません)。

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lie********さん

2011/7/2215:55:00

「江戸時代の人」も千差万別ですし、「平安時代の文章」といっても千差万別です。
たとえば『竹取物語』のような平易な文体でしたら、江戸時代のごく普通の読み書きの教育を受けた人なら、特にインテリでなくても読めたでしょう。
しかし、『源氏物語』などは、定家の時代にすでに不明な部分がありました。写本の過程で異同も大きくなるので、解釈の分かれる所も多々あります。そうは言っても、江戸時代の知識人なら、現代人よりすらすらと読めたでしょう。そのころには『湖月抄』のような、便利な注釈書も出回っていましたので。

質問した人からのコメント

2011/7/27 19:22:35

成功 源氏物語に注釈書があったのですね。でもわれわれ現代人はその「湖月抄」でさえ、訓練しないとすらすら読めないでしょうね。

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zhu********さん

2011/7/2220:11:00

江戸時代の人々が書いていた文語文というのは、漢文訓読文体と候文体です。その範囲では現代人より古典に近かったと言えるでしょうが、やはり分かりませんでした。
そこで、江戸時代にはさまざまな古典の注釈書がいろいろ出版されました。ごく自然に読めるなら、こんなものがたくさん出版されるわけはありません。

sot********さん

編集あり2011/7/2216:09:23

ご指摘の通り、江戸時代の文学の会話部分には現代語とあまり変わらない表現が多数登場します。一方、地の文は平安時代以降の流れをくむ「文語文」です。すなわち、江戸時代にはすでに話し言葉と書き言葉の分離がかなり進行し、現代、我々が感じる「文語文vs.口語文」と同じようなギャップが発生していたのです。「会話文(口語)と筆記言語(文語)の間に存在する大きなギャップ」を、江戸時代の人々も感じていたに違い有りません。

ただし、現代と江戸時代が異なっていたのは、現代は筆記言語も「口語文」をベースとするようになったのに対し、江戸時代は、筆記言語は「文語文」だったと言うことです。現代の我々には文語文は必須教養ではありませんでしたが、江戸時代の人々には必須教養だった。この差は大きいでしょうね。
すでに、現代とそれほど変わらない言葉を話していた江戸時代の人が、「平安時代以降、あまり変化していない『文語文』」を何の抵抗もなく読めたとは思いません。しかし現代の我々よりは読むスピードは速かったでしょう。

mar********さん

2011/7/2216:05:38

>素人目には平安と江戸の文章は同じようにしかみえません

いや,素人目で見ても江戸時代の文章(例えば奥の細道)と平安時代に書かれた文章では全然違いますよ.もっと古い古事記や万葉集だとさらに違います.もちろん,現代の口語と古語の違いはそれに比べるとずいぶん大きいですけどね.現代では文語に接する機会が著しく少なくなっているのでより難解に感じるかもしれませんが.

bwd********さん

2011/7/2215:26:36

読み書きできる人なら、できましたよ。

江戸時代は、いわゆる文亡(今は、差別用語になるのかな)の方が多かったです。

また、明治になって、表記法などが改められ、さらに、戦後に今の様な表現になりました。

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