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なぜアメリカに解放して貰った朝鮮半島や中国、ベトナムが反米戦争なんてしたんで...

lov********さん

2011/8/1505:35:51

なぜアメリカに解放して貰った朝鮮半島や中国、ベトナムが反米戦争なんてしたんですか?

たまに不思議に思うんですが、アメリカに助けてもらったはずの朝鮮半島やベトナム、ひいては中国やソ連までアメリカに弓引くような戦争を直ぐにするようになったんですか?

北朝鮮や北ベトナムなんて、ずっと日本人にこき使われてたかも知れないし、中国やソ連も援助がなければ、ヒーコラしてたかも知れないんだから、恩義とか感じなかったんでしょうか?

補足みなさんありがとうございます。
実際、よく分からないんですが、

何で、どうせ出来なくて止めちゃう共産主義の為にアメリカと対立するんですか?

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sek********さん

2011/8/1508:49:43

love_a_fairbodyさん、

朝鮮
朝鮮は日本の降伏から南朝鮮にアメリカが進駐するまで1月近く時間がかかりました。その間に朝鮮人(主として中道左派)自身による行政組織の整備と自主的な建国(独立)準備が試みられましたが、これをこころよく思わないアメリカ占領軍による組織解散命令と右派人士、組織を重用した軍政に対して、当初解放軍としてアメリカ軍を歓迎さえした左派が反発を強めます。

一方北半分を占領したソビエトは朝鮮人の下からの運動を利用(当初は中道右派の民族派にも配慮)しながら自己の手足になる共産党北朝鮮分局を行政の中心に据え、社会変革を実施します。

解放当時北には地主や事業主など社会主義、共産主義に反発する勢力が多く、これらはソビエトの占領行政を嫌って南に移ります。南は逆に社会主義、共産主義勢力が強く、アメリカ軍政の弾圧やその手先になった反共の北からの移住者、従来から南在住の右派の暴力にさらされ地下に潜るか北に移動します。

こうして南北で180度異なる体制が成立、対峙することになりますが、分断を招いたのは上に述べたようにアメリカが自己の関心、利益を優先し、朝鮮人自身による建国への運動信頼せず、これを弾圧したことにあるとの思いが南朝鮮の人達の頭にもあるため意外と反米意識が強いのだと思います(「アメリカが南朝鮮を守ったのは朝鮮人のためではなく、自己の利益のため」という認識)。

ベトナム
ベトナムはまずヨーロッパで宗主国フランスがドイツに敗れ、植民地ベトナムに積極的に関与できなくなった隙をついて、日本が軍を進めこれを占領します(仏印進駐)。ヨーロッパ人がアジア人に敗れたことを目の当たりにしたベトナム人には民族意識が強まり、日本も占領地での行政を有利に行なうために戦争末期にバオダイ帝を担ぎ出し形ばかりの独立を与えます。日本の敗戦によって生じた空白を利用してホーチミンらの共産主義者が独立宣言をしますが、植民地支配の復活を画策するフランスは中国(国民党軍)、イギリスに依頼して日本軍を武装解除、全土を占領します。そこからフランスと独立を志向するベトナム人との戦争が始まるのですが、フランスが決定的に敗北して戦争継続が不能となるとアメリカがこれを肩代わりして介入してきます。

この経緯を見てわかるように、ベトナム人はアメリカに助けてもらったと言う意識はありません。アメリカは植民地支配の継続を狙ったフランスを地域の共産化を防ぐと言う大義名分はあったとは言え、肩代わりして進出してきた勢力ですので、共産主義を嫌って南に逃げて来た地主、資本家、カトリック教徒以外は恩義を感じていないでしょう。

中国
中国に関しては不思議なことに毛沢東をはじめとする中国共産党は人民共和国建国当初はアメリカを敵視していませんでした。将来の目標として社会の社会主義的変革を経て共産主義社会の実現を目指していましたが、内戦勝利後しばらくは明確にソビエト・社会主義陣営に加わる意思を表わしていません。理由はいろいろ想像できますが、一つには戦中のアメリカの援助や好意的な態度があり、また内戦の行方を見守るばかりで共産勢力に決定的な肩入れをするのを躊躇していたスターリンに対する懐疑心、反発も作用していたのでしょう。後のキューバ革命で当初態度を明確にしなかったカストロを決定的にソビエト・社会主義陣営に追いやったことと同じように投資先と投資資本、施設の確保、保全を目的としたアメリカの冷たい態度が中国を反対陣営に追いやったと考えるのが妥当だと思います。

質問した人からのコメント

2011/8/15 11:13:25

感謝 詳しくありがとうございました!

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ara********さん

編集あり2011/8/1511:10:52

日米戦争は日米による中国市場の奪い合いの戦争でした。300万人の日本人を殺戮してやっと勝利を得た米国は、念願の中国から市場提供を拒否され、それ以降、米中関係は永く対立関係になりました。先進国は社会の成熟とともに利潤率が低下し、資本主義経済システムを守る為には後進国に市場、特に投資市場、を求めるしか方法が無いのです。

日本の敗北後は、アジアは市場開放を要求するアメリカと、それを拒否する中国や一部のアジアとの対立関係になったのです。

後進国は共産主義が一番良いのです。なぜなら貧しい国では一人の金持ちを作るには多くの餓死者も作らねばならないからです。鄧小平が資本主義化を始めたのも、もう金持ちを作っても餓死者は出ない社会に発展したからです。

bwb********さん

編集あり2011/8/1507:17:01

第二次大戦後にこれらの国が共産化しそうになったので、アメリカがそれを防ぐために戦争になったのです。
第二次大戦後は「資本主義vs共産主義」の戦いに移行していったのです。
大戦中アメリカの援助でソ連は対独戦を中国は対日戦を有利に展開できたのは事実です。
しかし、中国やソ連は恩義を感じるようなタマではありません。
第二次大戦中のアメリカ(ルーズベルト)は共産主義に対する警戒心が全くありませんでした。
彼は日本を叩き潰すことしか頭になく、日本を潰した結果
それまで日本がくい止めてきた共産主義との対決をかわって背負うことになったのです。
そのため朝鮮戦争や泥沼のベトナム戦争を戦うこととなったのです。
朝鮮は北の共産思想(北朝鮮)と南の資本主義(韓国)にわかれて戦い、アメリカは韓国を支援して北(朝鮮)と戦ったわけで、朝鮮全部が反米戦争をしたわけではありません。
ベトナムも北ベトナム(共産主義)と南ベトナム(資本主義)で戦い南が劣勢になったので、アメリカが南を助けて介入したのです。

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