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豊臣秀吉は、おねと夫婦をなった後、別れて茶々と夫婦となったのですか?

kog********さん

2011/9/2515:03:51

豊臣秀吉は、おねと夫婦をなった後、別れて茶々と夫婦となったのですか?

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his********さん

編集あり2011/9/2515:47:44

昔(厳密には戦前まで)は正妻の他に側室(妾)を持つことができました。
特に、江戸時代までのは、世継ぎを造る必要があり、天下人や大名の多くは側室を持っていることが普通でした。

秀吉の場合、おね(北政所)が正室で、豊臣秀吉の正室はだけです。
茶々は側室で、秀吉の側室は茶々の他にも大勢います。

http://homepage2.nifty.com/hpsuiren/sengoku/toyotomi/hide-3.htm

側室はあくまでお妾さんですから、正室であるおねの方が他の側室より立場は上で、当然おねは秀吉が死ぬまで秀吉の正妻でした。

茶々が力を持ったのは、秀吉の後継ぎである秀頼の生母であるためです。
秀吉の側室には、茶々以外にも身分の高い女性が数多くいました。

質問した人からのコメント

2011/10/2 10:31:58

どうしても、現在を基準に考えて、ゴチャゴチャになってしまいます。ありがとうございました。

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村雨良さん

2011/9/2515:20:12

当時は何人も「側室」が持てたんです。

秀吉には正室のおねの他、淀君や南殿など何人も側室がいます。

2011/9/2515:07:41

「おね」さんは正妻
「茶々」さんはお妾さん

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