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三毒 怒りは禁物でしょうけど 仕事しない人間に苛立ちます

青い空さん

2012/1/2103:11:30

三毒 怒りは禁物でしょうけど 仕事しない人間に苛立ちます

怒りは良くない
と仏教ではいいますよね


仕事で やはり仕事しない人は嫌いです
いい加減な人間は嫌いです
仕事をしないのは禅的には、一生懸命生きていない
のではないですか?

慈悲を語るのは長くなると言いましたが
思うように書いて欲しいです

普通にイライラしても笑顔でうまく誘導してあげるとか?





悟りを禅では求めない
と知恵袋で見ましたが

自分は、悟りを求めますね
やはり、自分が今見てる世界が存在しない(かも)
とか 見てるものが違うく見えるのでしょうかねえ?


ブッダが最後に アーナンダ世界は美しいな
と言って死んだ

と一般書にはよくありますが

まあ完全に生きてる限りは苦はなくならないですよね

私も世界は人間は美しいな
と言いたいのですけどね

写真屋さんは仏教にお詳しいみたいですね
紹介してもらってありがとうございます

有名な人みたいですね
写真家で講演もする人・・・だれなんでしょう^^

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回答数:
3

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ベストアンサーに選ばれた回答

kahusehuさん

2012/1/2123:23:13

前回のご質問で
文字数の限界により補足の回答ができませんでしたので
先に少しだけ失礼します。

>ブッダが女性を蔑視?
今となっては分からないことだと思います。
現存最古の経典はブッダの滅後数百年たってから成立したものばかりです。

ブッダが女性差別をしたという説もあれば
女性を差別しなかったという説もある…
それでいいんじゃないかなと思います。
分からないことを無理やり結論付けるたとして、
それは分かった『つもり』でしかないのですから。

>僧侶から学ぶのが普通なんでしょうね
一言に僧侶と言ってもピンキリですからね(苦笑)
それぞれ得手・不得手もありますし。

オウムの林泰男死刑囚の判決をした裁判長の言葉です。
「およそ師を誤ることほど不幸なことはなく、その意味において被告人もまた不幸かつ不運であったといえる」

かつて道元禅師は如浄禅師という得がたい師に巡り逢うまで
十年を必要としました。
ところが道元禅師には正しい師を見極める目があったから
「十年で出会えた」とも言えるかもしれません。

人と巡り逢う…きっと私たちが考える以上に
思い通りにいかないことなのだろうなと感じます。

さて、今回のご質問ですが
人ならば怒りは自然な感情だと私は思いますよ。
前回も書いた通り、私も仕事をしない人には腹が立ちます。

統計では
お坊さんの平均所得は日本国民の平均所得と変わりません。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1072256550

なのに一部のお坊さんが足を引っ張ってくれるから
お坊さん全員がボロ儲けしているように言われ、
「坊主は存在すべきではない!」みたいな次元で批判されます。

非仏教系大学に入学したとき
初対面の人からウンザリするまで言われました。
「へぇ~、○○君ってお寺の子なんだ。
じゃあ、お金持ちなんだね???」
おかげで学生時代は友達少なかったです(苦笑)

じゃあ、その悪評作りの得意なお坊さんがこの世に必要ないかというと、
スタジオジブリの鈴木敏夫氏が
プロジェクトXでこんな感じの言葉をおっしゃっていました。
(かなりうろ覚えです)
「組織の中には必ず嫌われ者や問題児がいます。
でも私はそんな人達も絶対にクビにしません。
その人達がいなくなれば一時的に組織は良くなるかもしれませんが
すぐまた同じようになるからです。
人はいつも『問題児』を探し、見付け出すのですから。
その人達も、その意味で組織にいる意味があるんです。」

なるほどなぁ~と思いましたよ。
人の怒りというのはそういうものかもしれません。
結局、人は他人のせいで怒るのではなく、
自分の中の自然発生的なエネルギーのようなものによって
怒らされているのかもしれません。
三『毒』とはよく言ったものだと感じます…

でも、その問題児が問題児であることも
自然発生的なエネルギーのようなものによって
問題児となっていしまっているわけですよね。

因縁生起…
星の数よりも多い原因によって、
問題児としての人格という結果を持たされてしまった…

「およそ師を誤ることほど不幸なことはなく、その意味において被告人もまた不幸かつ不運であったといえる」

師を選ぶことは、まだ自分の決断だったと受け入れることができます。
しかし、この一秒一秒は自分の決断で選べません。

だから仏教では「一生懸命生きていない」状態を
『暗闇』で例えるんです。
暗闇の中で生かされている…
暗闇で道に迷ったからって、どうしてその人が悪いと言えましょうか。

写真家さんの受け売りですが
ブッダはそんな人に対しては『憐れむ』のだそうです。

憐れむ…今の日本では失われつつある心かもしれません。
上から目線のように受け取られてしまいがちです。
他人の不幸を自分の不幸として受け止めることのできる心…
難しいですね^^

でも、慈悲はそこの所にあるものだと思います。

「笑顔でうまく誘導してあげる」のは手段であり、『方便』です。
そういうのではなく、原因と結果のループの中で
みんなみんな一緒の所、そこが慈悲です。
きっと悟りを目指すのと慈悲を求めるのは同じことなんですよ。

私はいつか心から
「ワシから見れば、お前さんらみ~んな、仏さまじゃ。」
そう言えるようになりたいです。

そう思えるのは
やっぱり三世十方のご縁のお陰さまですよね。
前述のお坊さんも含めて。

質問した人からのコメント

2012/1/24 13:47:36

buddharesさん の回答も参考になりました

かふせふさん

結局、人は他人のせいで怒るのではなく、
自分の中の自然発生的なエネルギーのようなものによって
怒らされているのかもしれません。

・いろんなことを教えていただいてありがたいです
書かれてること深くてすぐに吸収はできないと思いますが
ありがとうございます

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ID非公開さん

編集あり2012/1/2322:58:02

①ホンダの実質創業者・藤沢武夫氏は、「人生で一番辛いことは『する仕事がないこと』である」とされ。ホンダで、充実した人生が送れたことを心から感謝され。「ホンダでは、従業員たちが従事するだけの価値のある仕事を一杯つくりたい」、とされました。
主として生活苦から自殺する人が、年間3万人にも達し。それをはるかにうわまわるホームレス。さらに多くの失業者。さらには劣悪な環境で働かざるを得ない莫大な人々の存在を考えるとき、大多数の人は、仕事をしないのではなく、(まともな)仕事がないことに気付きます。
反対に、あなたの才能や努力に負うところが大きいとはいえ、彼等と比されるとき、あなたは充実した職業生活を送れることに感謝されるべきではありませんか。

②道元は、その死に臨んでは、要は、「再び生まれ変わって、ブッダの覚りを解明したい!」としたそうです。
この点、あなたや、道元と全く同じく、「ブッダの覚りを解明せずして、禅者なし!」と存じます。
(なお、道元は、「松は時なり、我も時なり(=松の木と同じく、人間存在の本質も時間である)」としました。が、上記のとおり、その死に当たっては、「輪廻転生を前提としていた」ことが判明しますので、やはり、ブッダの覚りには至っていなかった、と存じます。)

③ご指摘の通り、ブッダは、死に臨んで、「この世界は美しいものだし、人の命は甘美なものだ」としました。
「この世界」も、「人の命」も、ブッダの指摘通りなのです。が、本経では、ブッダが、続けて述べるべきことば・「だが、”人間の最大の恐怖・死”に直面せざるを得ない!!」を呑み込んでいる、ことに気付きます。
当然、われわれもブッダの覚りを解明・実践し、「人間の最大の恐怖・死」と真正面から対峙する手段を獲得すべきことが判明する、と存じます。

④以上、ブッダは、「われらはここにあって死ぬはずのものであると覚悟しよう。このことわりを他の人々は知っていない。しかし、このことわりを知る人々があれば、争いは静まる(中村元訳・岩波文庫・「真理のことば・感興のことば」)」としましたが、「慈悲の精神の理論的根拠だ」と存じます。

sar********さん

2012/1/2103:14:37

施してもらえるほどの賢者になった人くらいの地位になったら、怒りはおきません
生きていることが楽しいしでしょうね

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