ここから本文です

特攻隊にヒロポンが支給されたという書き込みをときどきネット上で見かけますが、...

ffksrakuさん

2012/5/509:46:41

特攻隊にヒロポンが支給されたという書き込みをときどきネット上で見かけますが、それを証明する資料や証言はあるのでしょうか?

閲覧数:
7,903
回答数:
6

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

2012/5/702:49:54

そういう記録はありません。なぜか?そんな事はなかったからでしょうね(あったとしても個人ベースの例外だったでしょう)ただ、敗戦の少し前の本土上空防衛の夜間戦闘機搭乗員にはヒロポンだかなんだか知りませんが覚せい剤が与えられました。全員ではありませんが、そういう記録はあります。元気が付く、眠くならない、夜でも目が効く、、、戦後、体調がおかしく、医者に見てもらったら、あ、これは覚せい剤です、と言われて初めて分かった搭乗員の話もあります。

しかし特攻隊員たちは麻薬でも飲みたい心境だったでしょうね。出撃すると必ず死ぬと分かっていて平静な心でいられるわけがない。撃墜王の坂井三郎や岩井徹三もそう言っています。「特攻命令が来ると隊内の空気は目に見えて暗くなった」、と。

出撃前夜、浴びるように酒を飲んで無茶苦茶騒ぐ。知覧の旅館の柱や鴨居に特攻隊員たちが日本刀で切りつけた傷跡が残っているそうです。あるいは兵舎の一室で物も言わずに空間を見つめているもの、黙々と遺書を書いているもの、、、17歳からの若さで文字通り死と直面する心はどんなだったか。しかし翌朝になると、吹っ切れたすがすがしい顔で出撃していきました。

他の回答者さんの言っておられる「寄宿舎に上官が行くと入室を拒否された。あえて入ってみると、目がぎらぎらした隊員が電気のない真っ暗闇の中で起きていて一種異様な雰囲気で眠れないんだと言っていたと、、、」と言うのは、これも零戦の撃墜王だった角田和男元海軍中尉の著書「修羅の翼」に出てきますね。これは覚せい剤ではなくて、明日の出撃を思うと雑念が湧いて怖いので、これ以上起きておられないほど眠くなるまで起きているのだ、という事だった様です。士官の入室を拒否したのは、そんな姿を見せたくない、朝になったらにっこり笑ってさっそうと出撃していく姿だけを見せたい、という心境だったそうです。(そして命令した上官たちは生き残り、特攻隊員たちはみんなにっこり笑って喜び勇んで出撃していった、と書きました)

質問した人からのコメント

2012/5/11 21:31:00

抱きしめる ありがとうございます!

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/5件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

hayapi1977さん

2012/5/920:52:17

特攻薬ってのが出撃前の水杯に入ってる基地はあったって祖父が言ってましたよ。海軍航空隊だったので知覧はわからないけど鹿屋は使ってなかったと

編集あり2012/5/711:35:56

ありますと言うか、当時は諸外国では、覚せい剤は麻薬ではなかった、禁止されていなかったということ。

現にベトナム戦争では、≪負傷したときのために≫アメリカ兵士は、モルヒネの錠剤を持たされていた。

渡辺洋二著『重い飛行機雲 太平洋戦争日本空軍秘話』(文春文庫、1999年)
ここで黒鳥少尉へのヒロポン投与について書いてあります。


黒鳥少尉の場合、投与は軍医によってされていた。
薬投与は部隊員全員にはなされず、試験的に一部搭乗員にされていた。
(横空は新兵器等の試験の役目も負っていた)
薬について軍医からの具体的な説明はなかった。
暗視力向上ができる、魚に含まれる成分とだけ伝えられた。
戦後、元軍医がヒロポンであったことを打ち明け、黒鳥氏に謝罪した。





戦争中、軍では、これに玉露の粉末を加えて錠剤とした「突撃錠」が支給されていました(特攻隊員だけでなく、通常の飛行隊員や、夜間見張りに立つ見張り員にも支給されていました)し、民間の工場労働者にも「猫目錠」と称して支給していました。

戦後、大量に放出された「ヒロポン」が、焼け跡からの急速な復興を可能にした、と言う説もある程で、その乱用は、1951年に「覚醒剤取締法」が制定されるまで続きました。





軍でのヒロポンの投与は、錠剤による経口投与が主で、注射の例は少なかった(とは言え、坂井三郎氏の著書で、ヒロポンとブドウ糖を注射していた、と言う記述がありましたが)ようです。





20年ほど前のコンピュータ業界で、社員に残業を強制して、エスタロンモカ錠を定量の倍から5倍服用させてた。





ヒロポン等のアンフェタミン系薬物は、イギリス、ドイツ等でも開発されて市販されており。
当然 欧米でも普通にパイロットに支給されており、アンフェタミン系の覚醒剤は日本特有の覚醒剤ではありません。
http://www.warbirds.jp/ansq/11/A2002725.html

編集あり2012/5/518:58:17

状況証拠ではアリでしょ。寄宿舎に上官が行くと入室を拒否された。あえて入ってみると、目がぎらぎらした隊員が電気のない真っ暗闇の中で起きていて一種異様な雰囲気で眠れないんだと言っていたと、雜志で読んだことがあります。瞳孔散大、不眠でアンフェタミン投与による症状と考えられますでしょ。想像で書くと、クスリにより体温も上昇しますから裸になっていたヤツもいたと思うんですよね。だから上官のs入室を断ったのだと思う。トップは何が起きているのか知らないのだから、だれか別な人が出したとあしか考えられない。

vxz_5さん

2012/5/510:21:18

昭和40年代に見たドキュメンタリー番組でパイロットが語っていたのは上官からもらった(個人的にかどうかは不明)と証言してました。「もらった」を支給とで解釈したひとは多いかもしれませんし、もしかしたら今の感覚で言うならばユンケルをあげた程度なのかもしれません。

資料は知りません。

2012/5/510:17:52

「ヒロポン」とは「疲労がポンと消える」と言うのが語源だと聞いた事があります。特攻隊に支給されたと言うのは根拠の無い嘘です。
主に使用される様になったのは「戦後」の事で「闇市」で不法に出回ってからです。
戦争後半の本土防空戦の夜間迎撃の操縦士の中で「ヒロポン」を使用していたと言う実例はありますが、特攻隊員に組織的に投与されたと言う事はありません。

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問や知恵ノートは選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。