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『アーレア ヤクタ エスト』 カサエルの有名な言葉ですが、古代ローマではラテン...

alphaalphaさん

2006/7/2016:30:25

『アーレア ヤクタ エスト』
カサエルの有名な言葉ですが、古代ローマではラテン語で会話をされてたのですか?
またラテン語は、日常会話言語としてはいつごろまで使われていたのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

car********さん

2006/7/2117:37:19

ここではラテン語の終焉に至る道筋をざっと書きましょう。

ラテン言語はアウグストゥス帝(43BC-14AD)の時代に口語と文語の深刻なかい離が始まりました。ギリシア・ラテンの豊富な引用原典を駆使した,口語からかけ離れた韻文が文語では支配的になったのです。

その後,このかい離は揺れながらも増大していきます。文語表現者は故事にこだわり,対して民衆の口語ラテン語では誤っていようとも改新・変形・変造が行われ,かつては「ラテン語」が持っていた言語としての活力を引き継いでいきます。キリスト教が313ADにコンスタンティヌス帝に公認される前にもラテン語キリスト教テキストは現れており,様々な借用語や新語を付け加えています。しかしキリスト教ラテン語文学も次第に学術性を帯びて民衆語とかい離していき,非キリスト教文学はさらにかい離していきました。

加えて,征服地同化政策として被征服民がローマ市民となる資格のひとつ,ラテン語話者であることにより,文語ラテン語とはまた異なる公用ラテン語が拡散し,現地語の影響を受けていきます。

話者を(当時の)教養人・半教養人・無教養人に区分した場合,これら相互に意志疎通ができなくなった時をもってラテン語がロマンス諸語に移行・断絶したと考えられます。650-750年は全般的な過渡期と考えられ,最後に断絶したのはイタリア北部・中央部で900-950年頃のことです。ただし,公式に消滅が確認されたのはそれよりも早く,813年の(カトリックの)公会議において説教をラテン語から俗語に切り替えろという決定によります。通常,ヨーロッパの古代と中世は476年の西ローマ帝国の滅亡が区切りなので,古代ローマの版図ではラテン語で会話がなされていたことになります。

こうして口語ラテン語は消滅しましたが,書き言葉のラテン語はすでに確立しており,教養人・カトリック教会の世界的交流の道具として命脈を保ち,現在に至ります。

質問した人からのコメント

2006/7/24 10:52:18

生活階級で言語の分裂が発生するのは興味深いですね

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