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戦国時代の貨幣と物売りについて教えてください。

mik********さん

2012/7/522:10:48

戦国時代の貨幣と物売りについて教えてください。

1 銭と文はどう違うのでしょうか?

基本的に戦国時代の貨幣単位は文だと思うのですが、七十一番職人歌合では「一服一銭」という記述があります。この一銭って一文の事なんでしょうか?

2 物売りについてです

前述の歌合ではいろいろな物売りが出てきますが、これが室町時代の成立ということであれば、たとえば石山本願寺寺内など豊かな寺内町などには、そんな物売りの人がいっぱいいたと思っていいんでしょうか?

初歩的な質問ですみませんが、よろしくお願いします。

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r18********さん

2012/7/522:35:38

①1文と1銭は同じ意味。
過去に作られた銅銭は、全て1匁(もんめ)の重さで作られた。
つまり、重さを量れば金額が分かったし、
緊急の場合は分銅の代用として使うコトも可能だった。
さらに、複数種類の銅銭が混ざってても重さは同じなので、
例えば、流通年代の異なる寛永通宝や永楽通宝を、
両方とも同じ価値として扱うコトが出来た。

そこから、重さの単位である『もん』を、小額取引の単位として使った。
当時は尺貫法であったので、1匁の重さは、メートル法で言うと3.75グラム。
現代でも5円硬貨は1匁の重さ『3.75グラム』であり、尺貫法を代表している。
また、1円硬貨は1グラムであり、こちらはメートル法の代表である。

②の、物売りについては・・・・どこでもいただろうね。
なにしろ、戦場にだって出張販売してたんだから。
扱う品物も、メシから服から女まで、なんでもアリだったよ。

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zha********さん

2012/7/611:41:34

文と銭は同一と思われます。戦国時代なら銭なら永楽銭一文を表します。以前流入の北宋銭などは、永楽銭よりも価値差別され流通していました。江戸時代金に永一貫文で一両という表記のみが残りました。
基本的に、日本の戦争は、一般庶民を巻き込まないので、戦国時代といっても、物資の流通はありましたので、人が集まるところなら商売はできたと思います。

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