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座禅をするとどんないいことがあるのですか? 日常生活で具体的な事があると有難...

run********さん

2006/10/816:07:36

座禅をするとどんないいことがあるのですか?
日常生活で具体的な事があると有難いのですが、
なければ観念的な事でもよいので教えてください
お願いします

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

dok********さん

2006/10/818:29:38

私はあるとき、世をはかなみ断食をしたことがあります。
生きたまま死の世界に触れてみたい、と思ったのが動機です。
その時、暇だったので座禅(瞑想)も併せてやりました。
その時の体験をふまえて、私の得た範囲内でお答えします。
一口に座禅と言っても、非常に深い。
禅の言葉に「ソツ啄同時」というのがあります。
時期が訪れないとなかなか悟りは得られないということです。
それでは時期とは何か。
それはやはり「おのが魂」ということではないでしょうか。
それなりの悟りに到達するにはそれなりの魂の修行がなされていないとだめだということです。
仏陀の言う八正道とかを踏まえ、おのが魂を清めるところまで到っていないと自分の方からいくら悟りを求めても、悟りの方から突き放されてしまう。
いまだ悟りの資格にまで到達していないからです。
私は、断食や座禅を組んでいて最終的にはそのことを痛感しました。
結局、大事なのは「おのが(自分の)魂」なのです。
座禅の初期は脚が痛くてなかなか集中できないのですが、やがて心の平穏を得るところまできます。
その過程で、涙がぽろぽろ流れてきたり様々な奇妙な体験を経ます。時には幻聴や幻覚をも現れたりします。
やがて、気のようなものが体内からにじみ出て全身を包むような感触を覚えたりします。
ともかく、平穏と静穏と安らかさ。喧噪にみちた日常生活にあって、そういったものは座禅によって比較的容易に得られることは事実です。
しかし、それ以上となると非常に難しい。
それが私の体験を踏まえた座禅に対する感想です。

質問した人からのコメント

2006/10/14 20:01:48

皆さん有難うございます
 
機会を見てやってみます
暇つぶしにはなりそうです
効果をあてにしてはいけないそうなので

ベストアンサー以外の回答

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tmt********さん

2006/10/1015:26:55

ほかの方もおっしゃっているように、坐禅は目的を持ってやるものではありません。何かを期待してやるものではありません。

でも、実際、ただ座る、それで「効果」が出てくるのは、回数を重ねて座ったことがある人なら感じることでしょう。

知る限りでは、坐禅に長く取り組んでいる人は、心が広く、穏やかで、どっしりとしている。あわてふためくことはない。いい人生を送っている。過去にとらわれることなく、未来を心配することなく、いま、この一瞬を大切に生きる。……と感じています。

かといって、こういう「効果」はだれにでも保証されたものではありません。でも、やってみなければ、何も始まりません。

まずはやってみてはいかがですか。できれば、少なくとも10回ぐらいは。1回だけでは「足が痛かった」で終わる人がほとんどです。

私自身は、お寺の坐禅堂そのものも大好きです。心地よい空間です。
http://www.sotozen-net.or.jp/

unn********さん

編集あり2006/10/916:42:59

長時間の正座が楽になるんじゃないかな。
後は思い込みの世界だから何とも言えない。
有ると思えば有るし無いと思えば無し。
ただたまにはそういう時間を持つこと否定はしません。
自分をじっくり見詰め直す機会って余り無いからね。
でも自信過剰(宗教に凝り固まって)で反省しないと折角の時間も無駄に成ります。

joh********さん

2006/10/914:52:04

そもそも、「只管打坐」と申しまして、坐禅に対して、「良い事とか」を期待するのは間違っていると道元禅師は仰います。

禅学全般に言える事ですが、「何かをしたから何かを得る」のでは無くて、「何かをしても何も求めないのが」禅学なのです。

追記:
実際には、科学的視座から観察して効果はあるらしいです。坐禅をしている時は、腹式呼吸を実践するのですが、脳波を測定すると、セレトニンが多く分泌されるらしいです。
効能は、自律神経失調症の回復に良いらしいです。また、最近良く言われる「切れる人」はセレトニンが不足しているらしくて、「切れる人」にも効果があるらしいです。

あくまでも、結果的に効果が得られるだけで、良い事を求めて行うものではありません。。

yel********さん

編集あり2006/10/908:28:06

禅とは、雑念を捨てて心身を統一する事で、インドのヨガの一種です。
インドでは、修行者が一般に行なっていましたが、釈迦はこれを仏教に取り入れて積極的な精神修行として錬成していきました。
サンスクリット語で「ドゥヤーナ」を「禅那(ぜんな)と音写し、これが略されて「禅」と呼ばれるようになりました。
さらに、これに心を鎮めて集中するという意味の「定(じょう)」を付け、「禅定(ぜんじょう)」ともいわれています。

禅宗の臨済宗では、禅は公案(禅宗で、参禅者に考える対象や手がかりにさせるために示す、祖師の言葉・行動。)を用いて人々を悟りに導き、曹洞宗の禅は、ただひたすら座る只管打坐(しかんたざ)に特徴があります。

只管打坐:坐禅(ざぜん)とは目的を持ってする事ではなく、ただひたすら坐ること。
坐禅修行とは悟るための手段ではない。

「日本の仏教」より。

結論、良い事も悪い事も、得する事もしない事も考え無しで、ただ座る事。
それが、坐禅です。

nik********さん

2006/10/819:49:22

死のうと思う日はないが 生きてゆく力のなくなる時がある

そんなとき わたしは一人 仏陀の前に坐ってくる

ちから湧き 明日を想う心が 出来てくるまで坐ってくる

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