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受験校がキリスト教の学校です。 私は仏教なのでキリスト教のことが全くわかり...

puk********さん

2012/11/1506:32:54

受験校がキリスト教の学校です。

私は仏教なのでキリスト教のことが全くわかりません。

中学から通う六年間さらに思春期で宗教というものがどのような影響を与えるか計り知れないので教え

てください。

宗教にこだわりはありません。

よろしくお願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

sai********さん

2012/11/1518:08:54

知恵袋で宗教の概要を質問してもあまりいい回答は帰ってきません。宗教は人の心の問題で、心の動きは文章にできないからね。「なぜ友達が好きですか」の答えを紙に書くとなんだかわざとらしいいやな文章になるでしょ?宗教もおなじこと。

キリスト教主義の学校は(昔はともかく)信者を増やすために経営されていません。キリスト教の「エトス」(ものの見方)から教育しましょう、と言うことです。したがって入学しても勧誘はありません。

学校内にはキリスト教に関するもの(チャペルなど)があり、週に1時間聖書の授業があります。キリスト教のカレンダーによっては礼拝やイベントがあります(たとえばクリスマス礼拝など)。

個人的な意見ですが、大人になったときに聖書の知識は役に立つ時が来ます。ヨーロッパやアメリカの文化はキリスト教の伝統の上に成り立っている。彼らと話をするときに聖書の予備知識があると助かります。また日本以外のアジアやアフリカの国でもキリスト教徒はとても多いです。他者の考えを知るのはとても大事なことです。

しかし不安なら受験しない方がよいのでは?仏教の学校に行けばどうでしょうか。

ベストアンサー以外の回答

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bib********さん

2012/11/1518:27:45

キリスト教系の学校であっても、生徒や教員のほとんどはキリスト教徒ではない人たちです。おそらく授業科目として「聖書」や「キリスト教」というものがあって、まったく知識がない人向けにゼロからキリスト教の基礎を教えてくれると思います。

とりあえず現在の予備知識としては、キリスト教というのは世界70億の人口のうち、20億人以上が信じている世界最大の宗教だということを知っていればいいと思います。日本には戦国時代に一度伝えられましたが禁じられ、明治時代になって本格的に入ってきました。

yey********さん

2012/11/1517:42:26

それは人によりけりで、肌に合う合わないがありますので、ここで答えを出すのは難しいです。
一度聖書でも覗いて見られて、肌に合う合わないを感じてみてください。

私自身は仏教で、前の幼稚園も仏教でとても良かったのですが、
転勤のためキリスト教の幼稚園になり、宗教色が強すぎて肌に合わず苦労しました。

yet********さん

2012/11/1511:39:34

キリスト教主義の学校ですね。
キリスト教的雰囲気が厳然として漂っているでしょう。
また、聖書の授業があります。6年間、週1時間ですが必修科目です。
まずは、まともな学校なら、洗脳などは毛ほどにも考えていません。
聖書の授業をきちんと他の教科と同じように聴き学んで下さい。
そこで学んだことを様々な方面から考えて下さい。
この学びがあなたの糧となるでしょう。

aki********さん

編集あり2012/11/1511:34:48

仏教系の学校ならよかったのにね。

どしてあえてキリスト教系の学校?

普通の学校生活を送っていればキリスト教系の学校も変わりありませんよ。中・高一貫でも。

長島さんも立教大学でしょ(?_?)

キリスト教の雰囲気があるけど宗教ほとんど関係ないでしょ。どこかしらにキリスト教の価値観が漂っているだけでしょ。

慶応が福澤諭吉の精神を持ってるか?といえば、どこかしらにあるだろうけど、失われているのと同じですよ。

しいていえば…仏教なのにキリスト教系の学校を偏差値や一貫教育希望で選択してしまうなんていうあなたは、
「日本教」「世間教」かも知れません。(^O^)/
思春期にご自分の生き方をゆっくり考えるのもいいですよね。

私は経験から、「世間教」「無宗教」の方々のほうが排他的に感じています。「思想・信条・良心の自由」を本当の意味で知りませんから。「皆に合わせろ」となる。

goo********さん

編集あり2012/11/1511:00:20

キリスト教の世界へようこそ。
概略を説明いたします。

初めに神が天と地を創造しました。
神は我々人間をも造りました(私も含め、保守的な信仰者は世界が偶然にできたとは考えません。また進化論を信じません。“人間原理”でネット検索していただければ、この考え方があながち夢物語ではないことが、お分かりいただけると思います)。
神は人を、自由意思を持つ存在として創造しました。

しかし人はその自由意思をもって、神に逆らう道を自ら選択しました(食べてはいけないと言われた善悪知識の実を食べたのです)。
その時から人の心に罪が入りました(神がいるにもかかわらず、この世から争いや貧困や死がなくならないのは、そのためです。人は今もなお自由意思を乱用し、神に背き続けています)。
この“罪”とは、国の法律に規定されている犯罪だけではなく、心の中で犯した罪も含まれます。具体的には、憎しみや情欲(情欲は性欲とは異なります。結婚関係にある異性に抱く性欲は、情欲ではありません)などです。
心の中で抱く罪もカウントされるなら、正しい人なんて誰もいないじゃないかと考えるかもしれませんが、事実キリスト教では、私も質問者さんも含め、全ての人間は罪人(つみびと)であると考えます。

一方で、神は愛と正義の両面を兼ね備えた方です。
神は筆舌に尽くしがたいほど、人類を愛してはいますが、正義の神でもあるが故に、罪を罰せずにはおきません。この世界に生きているうちであれ、死後であれ、どこかのタイミングで神は罪を犯した者を罰します。人は何もしなければやがて滅びることが、最初から決まっているのです(ここで言う“滅び”とは、肉体の死ではなく、魂に課せられる永遠の苦しみです)。

ところが -重複しますが- それでもやはり、神は愛の神なのです。
神は人を愛しているので、人類が滅びることを望みませんが、罪人は罰しなければなりません。
そこで神は、それらを同時に行うことにしました。
神は自分の“ひとり子”を地上に送り、その人に、人類の犯す・犯した全ての罪の代償を払わせて、罰することにしたのです。
そのひとり子こそ、かの有名なイエス・キリストです。そして彼が受けた罰というのが、十字架による死刑です。
質問者さんはまだ結婚していないので分かりにくいかとは思いますが、例えば親が自分の子を、他人が犯した犯罪の身代りに死刑に差し出した、ということです。
現代でそんなことが起きたら、「なんだそのクソ親は!?」ということになりますが、それで救われたのが私や質問者さんとあっては、ぐぅの音も出ません。
キリスト教の“救い”とは、「無病息災・家内安全、社会的地位の向上、経済的な潤い」などのいわゆる“ご利益”のことではなく、永遠の滅びからの救い、ということなのです。

まとめます。
上記のとおり、人は生まれながら滅びることが決まっています。
そのため人には救いが必要です。
神が提示した救いの条件は、このイエスを、「自分の犯す罪の身代りになった救い主である」と信じることです。
この条件に資格は必要ありません。
仏教徒だろうが、無神論者だろうが、死刑囚だろうが、誰でも信じるなら救いを得ることができます(魂の救いは得ますが、死刑囚はそのまま死刑にはなります)。
どんなに善い行いをしても救われません。
教会にいくらお金を献金しても救われません。
救われるために必要なことは、「イエスを信じる」。ただこれだけです。
信じるなら、肉体は死んでも、魂は天の御国(いわゆる天国)に入ることができます。
信じないなら、自分が犯した罪の代償を“自分で”払っていただく、ということです。

これがキリスト教です。


shikai2012さんへ
なるほど。キリスト“教”に歴史上の過ちがあることは事実です。
しかし信じている者が罪を犯したからといって、イエスまで偽善者とするのは早計ではありませんか?
我々がイエスの顔に泥を塗ってるなら、それは大変不名誉なことで、反省すべきことです。
でもそれと、イエスの伝えた言葉が誤りであるかは別問題でしょう。
キリスト“教”を嫌っても良いし、キリスト者を嫌悪するのも結構です。
でもイエスは嫌いにならないでください。
彼が十字架にかかったのは、あなたのためでもあります。

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