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古代日本史は、資料や考古学的な新しい発見が出ない限りは、語り尽くされてしまっ...

田中 和也さん

2013/1/1411:51:13

古代日本史は、資料や考古学的な新しい発見が出ない限りは、語り尽くされてしまったのですか?

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

aku********さん

2013/1/1413:48:16

いや、全く。
大体、学会でどの程度、日本書紀の何処が藤原の手で書き換えられていたのか、その定説すら聞かない。
元々ピースの揃っていないパズルをやっている様なモノだから、失われたピースがどの様なものか、いくらでも仮説が立ち、それを否定出来るものはほとんど無い。

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

2013/1/1413:24:01

確かにそのような見方が一般的だと思いますが見方を変えれば
歴史を覆すような色んな事実が分かる筈です。

例えば暦法一つとっても、或いは古墳の謎についても
方位と言う古代の基準を正しく理解すれば今の歴史観は大きく変わります。

現代の物質主義的数値的科学万能信心の偏った観念では、「方位は迷信」として
排除してきましたが、古代の科学は方位を全ての基準として来ました。

だから暦法も数字ではなくて方位で見れば正しく理解できるし、理解すれば今の西暦のお粗末さが判明する。
古墳についても方位を理解すればこれまでの謎が全て氷解するし、各方位が命日を黙止していたことが明らかとなり、

発掘しなくても各地の被葬者を特定する事が出来る訳です。

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